第四話 竜人
家に着くと、驚いたことに明かりが灯っている。こっそりと抜け出した時には真っ暗のままだったのに…。
ブルーは家族に見つかる事を恐れ、卵を抱えたまま納屋の方へと向かった。納屋に明かりは灯っていない。よしよし、と静かに納屋の戸を開けたその時。
「こらーっっ!!!」
あまりに大きな声に、卵を抱えたまま後ろに倒れそうになった。
母親のローズだ。なんと納屋の中で待ち伏せしていたらしい。睨みつけられるとそれなりに威圧感がある。怖いもの知らずのブルーも怖気付くほどだ。
「あんた!どこほっつき歩いてたの!こんな夜中に…いつも言ってるでしょ?夜中はいつもより恐ろしいモンスターが出てくるかもしれないから危ないって…ああ!またなんか持って帰ってきて!」
ローズはさらにまくし立てる。ブルーはただただ黙るしかない。
「なんなのその卵は!?ついこの間火吹きトカゲで痛い目にあったこと忘れたの?」
忘れもしない。卵からかえった火吹きトカゲが産まれてすぐにあちこちで火を吹き、家中焦げだらけになりローズに嫌という程叱られたばかりだった。
「さっさと戻してきなさい!」
「でもこれは…」
「でももだってもない!」
「おおーい、どうしたんだ」
騒ぎを聞きつけて、眠気眼の父、ジニアがやってきた。
ジニアはローズと共に世界中を冒険した後、カランコエ王国の兵士として働いていた。足を怪我してしまってからは、ここタンジー村で農業を営み、家畜の世話をしながら家族を養っている。
大きな槍を自在に操るために鍛えられた身体は、今もしっかりとその面影を残している。が、若い頃はフサフサとしていた髪の毛の様子だけは、すっかり変わってしまった…。
「そんな大きな声で…ご近所さんに迷惑だぞ…ふわぁ…」
「ジニア!ブルーがまた妙な卵持って帰ってきたのよ!なんとか言っておやりなさいな!」
「まあまあ、とにかく家の中に…」
「わっ」
ブルーが素っ頓狂な声をあげた。
「卵がひび割れてきてる!」
「なんですって!」
「ねえどうしたの?」
パジャマ姿のルドも、眠い目を擦りながらやってきた。
「とりあえず一旦納屋へ入ろう。なにか危険なものが産まれて村に飛び出したら大変だ」
ジニアの一言に、皆急いで納屋に入った。
ぴき…ぴき…
柔らかい干し草の上に置かれた卵は、少しずつ殻にヒビが入っている。
「どうするのよジニア…」
クワを片手にローズは卵から目を離さずにいる。
「とにかく…モンスターなら総出で殴りかかるぞ…」
ジニアは兵士の時に愛用していた(今は高いところにある物を取る時にしかつかわれていない)槍をしっかりと握りしめている。
「そんな!優しいモンスターかもしれないのに」
こんなことを言っているのはもちろんブルーだ。
「バカね!優しいモンスターなんかいないわよ!」
「でも…」
「ねえねえお母さん!大きな鳥なら飼ってもいい?」
「ルドは黙ってなさい!」
家族はてんでバラバラなことを口走りながら、皆卵に釘付けだった。
ぴき…ぴき…
パリッ
割れる…!
各々が頭に思い浮かべた……。
凶悪なモンスター。でかい火吹きトカゲ。かっこよくて心優しいモンスター。鳥。
しかし、これらの予想は全てはずれることになる。なぜなら……
「えっ!!」
皆驚きの声をあげた。
割れた卵から、小さな人の手が出てきたのだ。そして剥がれ落ちる卵の殻から出てきたのは……
「こ、子供だ……」
ジニアが持っていた槍をずり落としそうになった。ローズもクワを力なく干し草の上に放り、なんてこと……と口に手を当てた。
殻が完全に剥がれ落ち、透き通るほど白い肌の女の子が中から出てきた。人間なら二、三歳くらいだろうか?銀色に近い白髪は納屋の明かりに照らされキラキラと輝いている。眠たそうに目を擦る。ぷくりと膨らんだ頬は可愛らしくピンク色に染まっていた。
しばらくぼんやりとお互いに見つめ合った後、女の子の瞳が大きく、ぱっちりと開いた。
燃えるような、赤い宝石の様に輝く瞳だった。
しばらくキョトンとしていたが、やがてその顔が徐々に泣き顔へと変わっていく。そして、火がついたように泣き出してしまった。
「うわああああああん!!!」
ローズの怒鳴り声よりも数倍大きな泣き声に、その場にいた全員が数センチは飛び上がった。
「おお…よしよし…大丈夫よ、さあおいで」
真っ先にローズが少女を抱き抱え、あやし始める。
「よしよし、こわくないわ…大丈夫大丈夫……お腹空いたのかしら?…ジニア!ミルクを用意して!貯蔵庫にあったでしょ!」
「えっ…しかし…この子はいったい…」
「この子が何者かなんて後でいいから!ほらブルー!あなたは温かいお湯を桶に用意してちょうだい。身体が少し汚れているから、綺麗に洗ってあげないと衛生的によくないわ…それからルド!あなたはこの子の寝る場所を作ってあげて。あなた達が使っていた木のベッドがあるから、そこにたくさん布をしいてやわらかくして。…ほら!みんな何してるの?早く動いて!」
呆気にとられていた三人が、慌ててそれぞれに動き出した。
女の子がようやく泣き止み、静かに眠り始めた頃には、外はうっすらと明るくなり始めていた。
ブルーはベッドですうすうと寝息をたてる女の子を、ローズと眺めていた。ルドはベッドの横で丸くなって寝てしまった。
「あったぞ。竜人の本」
書庫からジニアが戻ってきた。
「これを見る限り…おそらくこの子は竜人なんだろうな…」
古ぼけた皮の表紙には、大きなドラゴンが描かれている。
ジニアが本の一部を読みあげる。
「竜人は最初、卵で産まれてくる。卵には母親の魔力が残っており、それを吸収しながらおよそ二、三年は卵の中で成長する。そして自ら殻を破り、産まれてくる…」
「母親はどうしたんだろうね」
そう言った後、ローズがはっとしてブルーを見る。
「もしかして周りにお母さんいたんじゃないの?」
「いなかったよ。なんか…光みたいなのがぶわーって空に登っていくのをみて、その場所に行ったら卵があったんだ」
「まて、これは…」
ジニアが険しい表情で本のページを捲っている。
「どうしたのよ」
「なるほど、そういうことか……」
「どういうことなの、父さん」
「この子の母親は多分、亡くなっている。竜人は死ぬと、身体が光の粒子になって空へ登っていくそうだ。ブルーが見たのがそれだろう。光の粒子とは、人間でいうところの魂のようなものらしい。一説によると、竜人という種族は皆、死ぬと神になるとも言われているそうだ。人間の魂が天国にいくと表現されるのに近いかもしれんな……」
「そう……」
ローズは悲しげに女の子を見つめた。ジニアは本を閉じ、ローズと同じ様に女の子の寝顔を見た。
「この子、どうするの?」
ブルーの問いに、ジニアとローズは二人で顔を見合わせた。
伝説上の生き物とされていた竜人。それが今、目の前で静かに眠り、可愛らしく寝息をたてている。ブルーはそっと女の子の頭を撫でた。自分が期待していたものとは違ったけれど、不思議と幸福感に満ちていた。ルドが産まれた時にも感じた事のあるような、新しい生命に対する想い。あの光がこの子の母親だったとするなら、この子はもう、ひとりぼっちだ。なぜ竜人があんな所にいたのか、そんなことよりもブルーは、女の子がこれから寂しい思いをするかもしれないことがとても嫌だった。自分に選択権はない。ただ、両親が下す決断が良いものであってほしいと願うしかなかった。
「まったく、人生何が起こるかわからないものだねえ」
ローズの声は、外から聞こえてくる鳥達のさえずりの様に優しかった。
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