第二話 五つの種族
少年は自由に憧れていた。
今の暮らしに不満があるわけではなく、家族や友達との関係が悪いわけでもない。
ここタンジー村は平和で、人々も温かい。皆それぞれが畑を耕し、家畜の世話をし、裕福な暮らしとは言えなくても心の豊かさをもちながら、いつも笑って暮らしていた。
それでも、少年は自由に飛ぶ鳥に強い憧れを感じながら、空を眺めてばかりいた。
少年の名はブルー。どこまでも続く空の色と同じ青い眼をしていた。
「ブルー」
先生に何度も呼ばれていることにしばらく気づかなかった。周りの生徒達のクスクス笑う声にはっとして前を向く。黒板の前でフレン先生がしかめっ面でブルーを睨んでいる。先生は、はあ…とため息をついて黒板の文字をトントン叩いた。
「ここ、わかる?先生の話を聞かなくても平気なくらいさぞかしお勉強頑張ってくれてるみたいだから…わかるわよね?ブルー」
フレン先生が悪戯っぽく問いかける。ブルーは少しずれた銀縁の眼鏡を慌ててなおし、黒板の文字を素早く読んだ。黒板には様々な種族の名が書かれていた。
人間を中心に、獣人、魔人、キカイ…そしてぽっかりと空いた部分をトントン叩くフリン先生のチョーク。
なるほど。残りの種族名を答えろってことだな。
「えっと…竜人…?」
「正解。ま、簡単すぎたわね。先生の話を聞いてなくても答えられる程度なんですもの」
生徒達の笑い声を聞きながら、ブルーは寝癖の残った黒髪を恥ずかしそうにかいた。
フレン先生はコホンと咳をして黒板に向き直り、長い物差しで指し示しながら話し始めた。
「今この世界には五つの種族が存在しています。私達人間と、獣の姿になる事ができる、身体能力の非常に優れた獣人。そして魔人は世界中のモンスターを操ることができる種族で、彼ら自身も強い魔力の持ち主です。彼らは自分達以外の種族に対して強い敵対心をもっています…まあ、魔人全員が他の種族に敵対心を持っているわけではないんだけど」
難しい問題なのよね…と先生は溜息を吐いた。
「そしてキカイ。彼らは遥か昔に人間が道具として作り出した物が、技術の向上により人の形をしたものになりました。でも、そのキカイ達は自分の意志をもつようになり、人間に戦争をしかけ反対に滅ぼされてしまったの。今この世界に残っているキカイはごく僅かで、ほとんどが人間の奴隷として扱われているわ」
ブルーはこのキカイというものにとても興味があった。キカイは人型もあれば、それ以外にも様々な形状をしている。意志をもつもの、もたないもの、色々あってその数は数え切れないほどだ。
元々冒険家だった親が様々な本を集めていたため、ブルーは子供の頃から本を読むことが大好きだった。授業で習う事よりも、もっと興味深い内容のものばかりなのだ。
「最後に、竜人ね。もう随分昔にこの大地を去ってしまい、今は空に自分達の国を作り暮らしているわ。長い事私達人間やそれ以外の種族と交流を絶っています。今じゃ伝説上の生物とまで言われているのよ。これも歴史上でこの対立のきっかけになった出来事があるけど…わかる人いる?」
ブルーはもちろん知っていた。が、手を挙げて発表することが面倒で仕方ないため、先生に当てられる時以外に答えることはまずあり得なかった。いつも通りだるそうに肘をつきながら、真っ白なノートに落書きを始めた。最近お気に入りの本に出てくるキノコトカゲというモンスターの絵だ。画力が全くといってないブルーのノートに、また一つ謎の生き物が生み出されていく。
「だれもわからない?そうね…それじゃあ…ロベリア、あなたはどうかしら」
「え?オレ?」
ロベリアは村で一番のいたずらっ子だった。歳はブルーと同じ10歳だったが、いつも歳下の子ばかりいじめるので、取り巻きの連中以外はみんなロベリアが嫌いだった。
少しぽってりとした頰をぽりぽりかきながら、取り巻き連中の様子をうかがうが、そんなに頭がいいわけでもない彼らは皆うつむいてしまった。
「あら、ロベリア。貴方達高学年組はたしか去年の授業でやったはずよね」
「う…」
顔を赤くさせてロベリアもうつむいてしまった。いつもはクルクルと元気な赤毛の天然パーマが、今日は心なしかぺたんと落ち込んでいる。
「うーん…そしたら、うん!じゃあ高学年組がわからないなら、低学年組の子に聞いちゃおうかな!」
先生の発言に、ええ〜!知らないよー!…と、子供達の心底嫌そうな声が教室に広がる。バツの悪そうな顔のロベリアがふん、と鼻をならした。
やれやれ、仕方ない。
ブルーが手を挙げるより少し前、
「ルド。わかるかしら?」
と先生がブルーの隣にいる少年に言った。
ルドはブルーの三つ歳下の弟である。
日頃からよく一緒に本を読んできたルドには、この問題は答えられないはずがなかった。
「えっと…」
ルドは自分のことなど放ったらかしで、下手くそな絵を隣で描く兄を心底恨んだ。
少しの沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。
「…星の戦いで手に入れた財宝を…人間が独り占めしちゃったから、怒って空に行ってしまいました…」
「正解!すごいじゃないルド」
教室のあちこちで感嘆の声があがる。ムカムカとイラついているのはロベリアとその取り巻きだけだった。ルドは照れるそぶりは見せないものの、顔が真っ赤になっていたのをブルーは見逃さなかった。
「さすがルド」
「兄ちゃんだって知ってるくせに」
ブルーは膨れっ面のルドの背中を軽く叩いた。
「星の戦いはさすがに知らない人はいないと思うけど、別の星からきた侵略者との戦争のことね。はるか昔に起きたとされている人間、獣人、魔人、竜人の四つの種族と侵略者との戦争。これに勝つことができたからこそ、今の私達が存在できています。侵略者が持っていた財宝、これをエネルギー源としていろんなことに利用して、人間は自分達の領土を広げていったのね。本来なら四つの種族で均等に分配されるべきものだったのに、人間が殆ど持って行っちゃったのよ。残りは獣人と魔人が少しづつ。それぞれが財宝を巡って争う中、竜人はそんな他の種族に嫌気がさして、みんな空に行ってしまったの」
外からガランガランと鐘を鳴らす音がして、一斉に子供達が騒ぎ出した。
「こーら!みんな最後まで先生のお話聞きなさい。昔の人間みたいに自分勝手なことばっかりしちゃだめよ!明日は課外授業があるから、今から必要な持ち物を黒板に書きます!メモしないと知らないわよ!」
騒がしい教室で先生が大声をあげる。おとなしく黒板の内容をメモし終わったルドがふと隣を見ると、すでにそこにはブルーの姿はなかった。はあ、と溜息を吐いてノートを皮の袋に入れる。
「おい」
嫌な声がして顔を上げると、そこには額に青筋を立ててルドを睨むロベリアと、ニヤニヤ笑う取り巻き連中が立っていた。
「な、なに?」
「なにじゃねえ!俺に恥かかせやがって!ちょっと来い!」
取り巻きに強く服の袖を引っ張られる。
「や、やめて…」
「あ?聞こえねえなあ!この弱虫ルド!」
他の生徒と喋っていたフレン先生がいち早くルド達に気付き、ロベリアにカミナリを落とそうとしたその時、
「おおおえいお(よおロベリオ)」
口いっぱいに焼きたてのミルクパンを頬張るブルーがヒラヒラと手を振りながら戻ってきた。
「あ!タンジーミルクショップの新商品!今日から販売だったんだ」
取り巻きの一人が声をあげる。じろりとロベリオに睨まれ、すぐに口を手で覆った。
「さっきおばさんに会ったぜ」
ブルーが手についたパンくずをはらいながら言う。
「なに!?」
「なんかすっげー怒ってたな。おばさんの大事な真珠のネックレスがバラバラになってたとかって、ロベリオの事探してた」
「げ!もうバレたのか…やばいぞ…」
ロベリオの顔が一瞬にして青ざめる。
「おいおまえら!早いとこ逃げるぞ!こいつらなんかもうどうでもいい!」
「はい!」
一目散に逃げるロベリオの後を取り巻きも慌てて追いかけていった。
その様子を見ていたフレン先生が、「校内は走らない!」と大声をあげた。
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