第8話

小夜は、琥珀からもらった鉱石を手に、屋敷への道を歩いていた。

日は徐々に登りはじめ、蔵から屋敷へ向かうと太陽が顔を照らす。

光の温かさだけではない、胸の奥の疼きに小夜は小さく息をはいた。

じゃり、じゃり、と足元で砂利が鳴る。

小夜は顔を上げると、屋敷の裏門が見えてくると。

「美佳子、お嬢様」

驚いて小夜が立ち止まると、美佳子は朝の日差しの中、口をへの字にしていた。

彼女には珍しい紫色の着物を身に纏う姿は、以前小夜が屋敷の遺影で見た彼女の、母親にそっくりだった。

「琥珀と仲いいみたいね」

そう言われ、小夜は短く首肯した。

「いくら、あなたが琥珀と仲良くしていても構わないわ。それも、もう、終わるわ」

美佳子は、肩の荷が下りたとばかりに髪を靡かせる。

「今日の夜、私と琥珀の契約の儀があるわ。それが終われば、琥珀は本当の意味で、私の物になるの」

「どういう、ことですか?」

汗が噴き出て、止まらない。体が震える心地がして、小夜は前のめりになって問うた。

「この山を守護する神である琥珀と私の結婚よ。本来であれば、私は別の方と結婚するはずだった。けれども、そうはならなかくなっただけ」

小夜は、美佳子の言葉が知らない言葉のように聞こえた。

結婚、美佳子と琥珀の結婚。

「どうして、お嬢様と琥珀が………?」

「最近、この村の作物が育たなくなってきているの。遅かれ早かれ、この村は飢饉に見舞われる。そのための生け贄よ」

「それなら、お嬢様が身を挺する必要性はないはずです!」

自分が身代わりになる、とばかりに叫ぶ小夜に美佳子は、鼻で笑った。

「勘違いしないで。私は、望んで彼の妻になるのよ」

小夜の方を、今まで見せたことのない極上の微笑みで美佳子は言い放った。

「あなたに、琥珀は渡さない。これ以上、うちの家を滅茶苦茶にしないで」

「分かりません、どうして、どうして、私がお嬢様の家を滅茶苦茶にしたというのですか!」

思わず書けだした小夜は、背を向けて去ろうとする美佳子の着物の袖を掴んだ。

反動で前のめりになった美佳子は、小夜の方を振り返ると。

「あなたと私は異母姉妹なのよ。幸子さん、貴方が叔母さんと呼んでいるあの人が、貴方の本当の母親なの」

「えっ?」

手が緩んだ小夜の手を見逃すことなく、美佳子は彼女を突き飛ばした。

小夜は短い悲鳴を上げながら、その場に尻餅をついて、呆然と美佳子を見上げた。

「お父様は、幸子さんと母と結婚してからも付き合い続けていたの。そして、生まれたのが貴方よ。小夜」

小夜はようやく、悟った。

なぜ美佳子がこれほどまでに、小夜を嫌うのか。

「お母様はずっとお父様を愛していた。お父様を最後まで、信じて死んで逝った。それなのに、どうして、あなたが生きているの?お父様は幸子さんに下ろせって言ったのよ?それなのに、下ろすことなく弟に預けて、貴方だけ戻って来た。そのせいで、この村の結界は壊れつつあるのよ。今まであった恩恵が、貴方一人のために崩れていくのよ?私の身代わりになる?冗談じゃないわ。私の方が、琥珀を愛していた。幼い頃からずっと、彼だけを見て愛してきたのに。それのなのに、あなたはこの村の平和だけではなく、琥珀さえも奪っていくの?」

子供のようにボロボロと涙を零し、叫ぶ美佳子に小夜は何も言えなかった。

「あなたがここですることは、幸子さんと二人で一生この村のために身を捧げることよ!」

歯を食いしばり、美佳子は髪を振り乱した。

すると、美佳子の後ろから村の男たちが四人ほど近づいてくるのが分かった。

「この村は琥珀がいるから生きていけるの。さぁ、身をもって、償ってもらうわ!」

「いやっ………いやぁぁ!」

小夜は後ずさりした。立ち上がろうとしたが、体が震えて、思うように立ち上がれなかった。

俊敏な動きで、男たちは小夜を取り囲むとその腕を、乱暴に掴んで立ち上がらせた。

「儀式には必要なものがあるの。幸子さんとあなたの二人分の血と体。言うなれば、私と琥珀の儀式を完成させるための盛り上げ役ってところかしら?好きな男の前で滅茶苦茶にされ、琥珀に愛される私を見て、泣き叫んで?」

「………いや、いやです!離して、いやぁぁぁ!!」

小夜は、男たちの手を振りほどこうと暴れた。しかし、十代の娘が屈強な彼らに敵うはずもなく、腕を振り回そうとしても、びくともしなかった。

「大丈夫よ?あなただけじゃないの?幸子さんも、なの。だから二人分?そろそろ、種が欲しかったところなのよ。この村の娘って少なくってねぇ、困ってたところなの。だから、いっぱい、いっぱい、産んでね?この村のために」

美佳子は、小夜のを顎を掴んで上を向かせると、男たちに命じて連れていくよう指示した。

小夜の泣き叫ぶ声だけが、朝の日差しで耳鳴りのように響いていた。

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