第6話

小夜は、その日の夜。琥珀と向かい合って食事を取りながら継承の儀について尋ねた。

すると、合点が言ったように琥珀は何度も頷く。

「君が気をつかう必要はないよ。ただ、黙って見ていればいい」

「でも、やっぱり……大事な、儀式なんでしょう?そういうわけにも行かないわ」

頬を膨らませて抗議する小夜を、琥珀は知らん顔をして食べ続ける。

「でも、琥珀の結界を強めるものなんでしょう?だったら、なぜ抵抗しないの」

「しても意味がないからね。というか、僕がここに捕らわれているのは言ってみれば、暇つぶしのようなもんだからね」

「呆れた。あなた、暇つぶしのために、ここに何百年も捕らわれているの?」

驚いて小夜が凝視すれば、琥珀はあっさり肯定した。

「うん。海の向こう側を追い出されて、居場所もなかったしね。監禁生活もなかなか、快適だよ」

ごちそうさまでした、と綺麗に手を合わせて琥珀は頭を下げる。

「私だったら、耐えられないわ。琥珀は、大丈夫なのね」

小夜は俯き、お椀に目線を向ける。自分は琥珀と同じかもしれないと思ったのだ。美佳子から逃げることすら出来ず、虐げられ続けている。

口では耐えられないと言っても、逃げ出すことも声を上げることも小夜には出来ない。

「そんなことはない。美佳子も来るし、退屈しないからね」

夕食の膳を、鉄格子の四角く切り取られた穴の中に差し入れる。

「お嬢様が?あなたに、何をしに来るの」

「話さ。君と話していることと大差ない。あれもあれで、気苦労も多いからね」

親しそうに話す琥珀に、小夜の胸がチクリと痛んだ。

「そう、なの。お嬢様が幼い頃から、ずっと?」

「ずっと。美佳子は可愛いよ。僕のこの長い髪を綺麗だって言って、よく、梳いてくれる」

あぐらをかいて座る琥珀は、頬杖をついて笑う。その瞳は真っ直ぐに小夜を射貫いており、彼女は動揺を抑えることが出来なかった。

「小夜、僕のこの髪、どう思う?」

 さらり、と髪を流して聞く。電灯の下で鈍く光って、触り心地も匂いも、天に昇るような心地がする。

しかし、小夜の心は荒れ狂うばかりだ。あの髪を美佳子が触って、綺麗だと囁いた。汚らしいとさえ思った。

 小夜は、琥珀から視線を逸らした。

「そうね、お嬢様が言うように、とても綺麗だわ」

「そうかな?ねぇ、小夜。この髪を、君が切ってよ」

「えっ?」

言われた内容が分からない小夜に、琥珀は意地の悪い笑みで囁いた。

「ねぇ、明日。ハサミを持ってきて、僕の髪を短く、切ってよ。そろそろ、邪魔だなって思ってたんだ」

底の見えぬ川をのぞき込んだような琥珀の瞳に、小夜は何度も頷いた。

「わかった。明日、持ってくる。でも、いいの?」

自然と弾む声を、懸命に抑えながら小夜は小首を傾げる。

 でも琥珀には何もかもがお見通しのようで。しかし、気づかないふりをするように己の髪を弄んだ。

「いいんだ。小夜に切ってもらいたい。ねぇ、切ってよ。小夜」

満月に血を吸った時の砂糖菓子のような甘い声。鉄格子ににじり寄って、垂れ掛かる。長い髪が鉄格子から零れ、幾つもの波を作った。

美しいでしょう、可愛いでしょう。男とは思えぬ白い素足を晒して微笑む琥珀は、一幅の絵のようだった。

それと同時に、色町の女とは琥珀のような人なのだと思った。性別は違えど、惑わす色香は同じに見えた。

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