第3話

蔵の戸が音を立てながら、開かれる。

「殺して、ないのね」

 ため息をつきながら現れた美佳子は、頬に手を添えて悩ましげに、倒れた小夜を見下した。

 小夜に青い花を摘んできて、と言ったのは折檻するための言い訳だ。

 先ほど通り過ぎるときに見た青い花は、小夜にしては上出来だと思った。時間が遅れたからと理由をつければいい。

 なぜか人は、この蔵に住まう琥珀に引き寄せられる。

 だから小夜がこの蔵に立ち入ることになったのは、当然だった。

「殺してくれるとばかり思っていたんだけど、違ったみたいね」

美佳子はあてが外れたわ、と小夜の顔を覗き込む。

 青白い顔、首筋には牙の跡があり、そこから血が流れている。放っておけば、遅かれ早かれ死ぬ。それがいいと美佳子は思う。

「結界が脆くなっていたのね………それなのに何も、言わなかったのね。琥珀(こはく)」

 美佳子は無言の少年、琥珀に首を傾げる。彼の瞳と同じ名を幼い頃、あげた。

 世にも美しいこの少年には、相応しいと思ったからだ。

「お前は、なかなか血をくれないからね。とてもお腹が空いていたんだよ」

 ふぅ、と吐息を漏らしながら琥珀は息をつく。

 血を吸ったからだろうか、とても落ち着いているように見えた。

 普段であれば大人しく美佳子に、琥珀が返答することはない。

 蠱惑的な仕草に美佳子の喉が鳴った。

「あなた、美味しそうに食べるのね」

  美佳子は、自分で思っているよりもずっと恨みがましく、弱々しい声にハッとした。

そして琥珀元へ歩み寄った。

琥珀の滑らかな頬に手を添えながら、顔を近づける。美佳子はその口元の血を自分の舌で拭う。

琥珀はくすぐったそうに、身を捩る。

美佳子、彼女の血を吸ったのがそんなに嫌かい?」

「分かってるくせに。いやだ」

 美佳子は拗ねたようにそっぽを向きながら、着物の衿を掴んで肩口を露わにする。

 「この子のよりも私の方が甘いわ」

 美佳子は、胸の柔さが見えるのも構わず開けさせた。

 猫のように琥珀へ縋り付き、頬と頬をすり寄せた。

「君は本当に可愛い。昔とちっとも変わらない」

 琥珀は優しく美佳子の髪を撫でると、歓喜した美佳子の吐息を感じる。舌を這わせ、琥珀は美佳子の首筋に歯を立てた。

 舌を這わせ、食む。

 じゅる、じゅると啜る音が木霊した。

 琥珀に縋り付くようにして、美佳子は天井を仰ぎ見る。本来であれば許されないこと。

 この鉄格子に貼られたお札は、神山家本家の術師が施し、分家である美佳子たち一族が強固にしてきたもの。

 それ故にそこに住まう琥珀に血を与えるのは、彼に力を与えてしまう行為。それでも美佳子はずっと続けている。

 やめられるはずがない。美佳子は、琥珀との行為のたびに下半身が疼く。全てを彼にさらけ出したいと考える。

 美佳子は琥珀の頭を優しく抱きしめると、もっとと言うように体をすり寄せる。

 この行為を、父にも兄にも秘密にしている。この背徳感が、美佳子には気持ちよくてたまらなかった。

「琥珀。ねぇ、琥珀」

美佳子は切なげに琥珀の名を呼ぶ。

 この行為の味を知ってしまえば、それに逆らうことはできない。

 淫らな女と、矮小な女と思えばいい。この瞬間こそが、自分はもっとも美しいと美佳子は思っている。

「琥珀。愛しているわ」

 美佳子にとって漏れた言葉は、回数を重ねれば重ねるだけ、この熱は増す。

 ちゅ、っと音を立てながら離れると琥珀は、美佳子の首筋の血を下から顎へ向かって嘗め上げた。

「俺も、愛しているよ。美佳子」

 美佳子の背に手を回し、もっとと強請るよう琥珀が首を傾げれば、嬉しそうに微笑む。

「もうこれ以上は、ダメよ。もう少ししたら、いっぱい、いっぱい、上げるわ」

 自分の全てを、と美佳子は琥珀の瞳に自身の姿を映す。

 もしそうなってしまったら、自分はどうなるのだろうか。

「楽しみにしているよ。早く彼女を連れて行かないとまずくない?」

 美佳子から数歩後ずさると、琥珀は面倒くさそうに髪をかき上げた。

「そうね。面倒なことになっても困るわ」

 琥珀は口元をやはり強引に拭い、己の体を抱きしめる。

 美佳子は、ふらつきながらも着物の乱れを直すと、踵を返した。

蔵の戸を開け、小夜を残して去って行く。恐らく、ここの門番を呼びに行ったのだろう。

 琥珀は、乱れた着物そのままに膝を抱えると、太ももまで捲れ上がった。

「もう少し、味わいたいものだな」

 さて、どうするか。肩を上下に揺らす琥珀は、とても嬉しそうだった。

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