第3話 一人の時間の稼ぎ方

「なんだったんだあれは」

 この学校の科学部だったがすぐにできる実験をテーマに動画を作っていた。

 数年前に少しメディアにも取り上げられていた『持てる水』を作る実験だったが途中までは普通だった。

 しかし、最後に分かりやすく色づけされた水を食べて吐き出す(もちろんモザイクはついていたが)というシーンは必要だったのだろうか。

 笑いはとれたがあれではバラエティ芸人のようだし、内輪ネタが混じ利過ぎてかえって部活に入りづらいのではないだろうか。

「あっはははは!なにあれ!ユーチューバーみたいじゃん!」

 あずきと同じように笑っている生徒も少なくなく、インパクトは絶大だっただろう。インパクトは。

『えっとカメラ映ってる?オーケーじゃあ始めます』

 ひとしきり周囲が笑った後、どうやら次に映ったようでスクリーンには本棚を背景に一人の女子が映っている。

『えっと文学同好会です、活動自体は毎日やっています。活動内容は詩や小説などの創作活動や読んだ小説などの評論などを行っています』

『今は私一人ですが、基本的には出席等は自由なので興味を持った方は是非3階の第二倉庫まで来て下さい。よろしくお願いします』

「なんか地味だったね、他の部活はあんなにPRしてたのに」

「ん?あぁ、そうだな」

 ろくに編集もされていない説明のみの1分少しの動画だったが何となく惹かれるものがあった。

「…俺あの部活入ってみようかな」

「え?あの部活に?もしかして…」

「どうした?」

「あの女の子がいいと思ったの?」

「え?いや、読書は元から好きだし。小説について議論したりする相手がいないからいいなと思っただけなんだが」

 そう口にしたが実際他にも思うものがあった。

 小説は感情や考えなどの縮図でその作者の思いが詰まっている。

 それを形にしたり、創作したりすることは自分自身の感情と結びつけることにつながる。

 そう、例えば恋愛についても理解できるのではないかとも思った。

「それにしても二人っきり…いやでも、私読書そんなに好きじゃないし…」

「いや、まだ決まったわけじゃないから、最後まで見て考えてから決める」

 他に興味が湧くものがあればそちらに傾倒する可能性もある、最後までしっかりと見ていくとしよう。

「最初は全部違う部活だから全然余裕だと思ったけど数の暴力って驚異なんだね」

「だから先生も足は崩してもいいって言ってたんだな。今になって理解した」

 動画のすべてが終わり、ホームルーム等がすべて終了してから俺たちは凝り固まった体を伸ばしながら愚痴る。

 1時間以上体育座りというか床に座った状態というのは割と苦行だったことを思い出した。

 直近の行事等は椅子に座っていただけにそのことに気づくのが遅すぎた。

「体験入部が12時頃からやるみたいだけどどうする?」

「ん、俺としては何処かに体験入部に行くなら邪魔じゃなければついて行くが。別にその後でも毎日やってるっていう話だし文学同好会とやらは行けるだろう」

「分かった、うちのクラスは他に入る人いるかなぁ?」

「さぁ、どうだろうな誘えば水塔とかいっしょに入ってくれそうだが」

「他の友達にも聞いてみようかな、じゃあまた」

 現在は11時頃で1年生は比較的早く終わり、部活動をしている上級生達はその体験入部のための準備時間などを設けている。

 料理研究部は規模と内容から準備時間がかかるらしく。その間に友人にどこの部活に入るのかという旨を聞いて廻るようだった。

「さて、俺はどうするかね」

 正直この学校内の仲が良い友人というのはあずきのみで、同性の仲の良かった友人はほとんどが近隣の公立校などに進学したためぼっちになっている。

 この3日間はあずきなどを含む元々中学が同じだった友人とばかり話していたため、新しい交友関係が築けていない。

「図書室にでも行って時間になったら調理室に行くか…」

 暇をもてあました孤独な身の俺は図書室に足を運ぶことにした。

 この学校の図書館は割と大きめで1階層のみであるものの古い蔵書だけでなく最近はやりになった書籍やライトノベルまで置いてあり、また図書室の蔵書を募集していたりと割と活気的に活動しているらしい。

「広いな…これが私立高校の力か」

 中学時代の教室を少し広くしました、というような感じの図書館と比べると雲泥の差と思えるほどの差だ。

「とは言っても1時間だからな、そう長くはいられないな」

 正直時間の限りがなければ自分自身の赴くまま本能的に読みたいものをとって読みあさるのだが今回はそうは言えない。

「これでいいか」

 手に取ったのは最近話題になっていた俗に異世界ものと呼ばれるライトノベルだ。

 自慢ではないが読む速度はそこそこ速く、急いで読めば1時間ほどで読み終えることができる。

 頭にあまり残らなくなることが欠点ではあるが面白ければまた読めばいいので急いで読むことにする。

 立ったまま手帳のように開き読み進め、適度に目を送りながら右手でページをめくっていく。

 内容はチープながら設定が素晴らしく、もっとゆっくり読めば考察等もできるだろうがそんな暇はないので目を通して内容を頭に入れる程度にとどめておく。

 そんな風に読み進めて物語も終盤に差し掛かるというところで約束の12時まで残り10分と少し前であることに気がついた。

「まだ少し時間あるけど先に行っておくか…遅れたら色々とありそうだしな」

 取り敢えず小説は元の棚に戻して図書室を出て調理室へと向かう。

 結局小説の中身に関してはページ数を忘れてしまったため、後日同じ作品を図書室から借りることになった。

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