第36話 先輩36 フラグ回収

 「ふぁぁぁ……」

 「二人とも忘れ物はない?」

 

 母さんはそう言って車に乗り込むと、シートベルトを締めながらこっちを向いて言った。


 「忘れ物も何も、ホテルに泊まるんだし替えの服以外特に持ってくものなんてないよ、母さん」


 手ぶらな僕は眠たい目をこすりながら答える。

 

 「お兄ちゃん、冬休みの宿題持ったー?」 


 僕とは正反対に、まだ冬独特の薄暗い時間だというのに目をパッチリと開いた妹は憎たらしいテンションで突っ込んでくる。冬休みなのによくこんな朝っぱらから元気はつらつだな、わが妹よ……。


 「そうよ、カイ君。あなた冬休みに部活も宿題もたくさんあるって学級通信に書いてあったんだから出来るときにやっておきなさい?」

 「はいはい、わかったよ、じゃぁ、ちょっと宿題取ってくるよ」

 「あ、それなら無用よ。後ろの私のカバンに手つかずの『冬休みの友』が入ってるから」

 「……え?」

 「それじゃぁ、出発~!」

 「しゅっぱーつ!」


 ホント、朝から元気なうちの女性陣。

 っていうか、なんで僕の宿題の範囲知ってるんだよ。あと、勝手にのぞかないでよ、きれいな白紙なんだから……。



 こうして僕らは凍えそうな車内に暖房を焚き付けて家を出た。



 「っていうか、この三人で止まりに行くなら、なにも父さんのミニバン借りなくてもよかったんじゃないの?」


 うちは、というか浜松市民のほとんどは一家にほぼ2台ずつ車を所有している。理由は単純、田舎なので東京や大阪みたいな都会ほど公共交通機関が発展していないので、移動する足がほかにないのだ。その代わりに土地はそれなりにあるので、駐車場に困ることはないのだ。以前、家族で大阪に行ったとき、普通のスーパーでも駐車料金を取られると知ったときは驚いたものだ。まぁ、どちらがいいかは賛否両論あるだろうけど。


 あ、ちなみに、いつも全く登場してこない父さんだけど、ちゃんと生存しているし、離婚とか別居しているわけでもない。ただ、毎度毎度タイミングが合わなかったり仕事で忙しかったりで、家族の僕ですらお目にする機会が少ないのだ。

 ちなみに今日は後者。お仕事、お疲れ様です。


 「せっかくのイヴに仕事入れやがったあの人へのせめてもの嫌がらせかな」

 「え……」

 「あははは、冗談冗談」


 冗談に全く聞こえないのは普段の二人のやり取りを見ているからだろうか。そのたんびに僕は、将来絶対尻に敷かれないようになろうと心に決める。反面教師、お父さんありがとう。


 「で、ホントのところは?」

 「まぁ、大きいほうが何かと便利だからねぇ。ETCもお母さんの車にはついてないでしょ?それに、あの車じゃ5人は多分乗れないし」

 

 なるほどね。


 …………


 ……ん?


 「ちょっと待って」

 「んー?なにー」


 前を向きながら、運転を続ける母さんは聞いてるのか聞いてないのかわからない生返事をする。


 「母さん、『5人』ってどういう事??」

 「あれー、言わなかったっけ?今日はうちら3人と後2人の5人で遊園地遊びに行くって」

 

 いや、全然聞いてない。5人っていうのもだし、ついでに遊園地なんて言葉も久しく聞いてない。


 「もしかしておばあちゃんっ?」


 妹も知らなかったようで、興味ありげに後部座席から身を乗り出す。


 「こら、危ないでしょー。まぁ、それは着いてからのお楽しみだよー」


 そう言って、妹を大人しく座らせながら、再び運転に集中する母さん。

 しかし、僕はもうある程度予想がついていた。これまでのパターンとこのタイトルを見れば……っていうのは置いといて。

 何を考えているのか、世界一読めないのがうちの母さんだが、今回ばかりは十中八九正解だろう。だって、バックミラーに映るニヤニヤした顔を見れば一発だもん。


 そんなわけで、残る2人の家に着くまでの間、僕は少しでも緊張を紛らわせようと、冴えた目を無理やり閉じることにした。

 

 全く、どこの世界に『なんでここに○○が!?』的な展開を予測する主人公がいるんだよ。





 ピンポーン


 『はーい』

 

 インターホンから聞き慣れた女性の声が聞こえた。


 「おはようございます、新聞の朝刊でーす」

 

 完全に気まぐれだけど、ちょっと新聞配達を装ってみることにした。


 『はーい、ちょっと待ってください』

 「はーい」



 少し待っていると、扉の鍵が開く音がした。


 「おはようございます」

 

 出来るだけ落ち着きを損なわないように爽やかな声を努める。


 「ふぁぁぁ。おはようござい……ま……す……」


 扉があくとそこには、髪は少しだけ跳ねさせ、上下ピンクと白のゆるっとした寝間着姿の女の子が、今朝の僕同様、重たいまぶたをこすりながら挨拶を返す。

 そしてこちらを見て、固まった。


 「あ……ぁ、あ……あ……っ!」

  

 開いた口がふさがらない女性。それを見て、笑いを必死に抑えようとする僕。


 「おはようございます、有希亜」



 バタンッ!!!


 「え、ちょっ!?」


 次の瞬間、彼女は顔を真っ赤にして、勢いよく扉を閉めた。

 

 「なっ、なななっ、なんでかっ、カイ君がいるのっ!?」


 今までで一番すごい動揺を見せる僕の彼女こと、有希亜はつっかえつっかえに、でも的確かつ簡潔に質問してきた。



 はい、安定のフラグ回収完了っと。

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