第34話 先輩34 呼び方
例の一件を境に、先輩は僕に少しばかり距離を置くようになった……なんてことはまったくなく、前日の事なんて忘れ去ったかのようにいつも通り過ぎてむしろこっちがびっくりするくらい普通に明るかった。
「おはよっ、カイ君っ」
「お、おはようございます」
「どうしたの?なんか初めて会った時みたいにタジタジしてるよ?」
「いや、そんなことは……」
そんなこんなで、次の日何を話そうか、なんて無駄な気遣いと心配をしていた自分が恥ずかしくなってしまった。
逆に、他の人達からの反応の方がいちいち解説しなきゃいけなくて、僕を疲れさせた。
「ねぇねぇ、昨日カイ君怖い先輩に絡まれたんだって?大丈夫だったの?」
「大丈夫大丈夫」
「おい、カイ君。昨日うちの部活の鈴木先輩が休んでたんだけど、もしかして……」
「あー、多分その人かなぁ……」
「なぁなぁ、昨日男二人で女を取り合ったって聞いたぞ?」
「誰だよ、そんな噂広めたやつ……」
「なんか一部始終見てたうちのクラスのテニス部員が……」
「優斗ぉっ!」
「うぉあっ!?な、なんでそれだけでわかるんだよ、カイ君っ」
とまぁ、噂とは伝染病並みにありえない速度で学年中、いやおそらく全校中に広まってしまったわけで。
「へぇ、私たちが部活で一生懸命汗水流してるときに愛の逃避行を繰り広げてたんだ、カイ君?」
「愛の逃避行って……。あのなぁ明日香、別に僕だって巻き込まれたくて巻き込まれたわけじゃ……」
隣の席で頬杖をつきながらジト目でこちらを覗く明日香に弁解を努めようとする。
「はいはい、相変わらず奥さんにゾッコンみたいでよかったですねー」
「いや、そんなこと一言も言ってないんだけど?!」
なんかこの半年で明日香の毒舌っぷりがかなりスキルアップしてる気がするのは僕だけですか、そうですか。
そして月日はちょっと流れ、例の事件のうわさもたたなくなった2学期期末テスト最終日兼冬休み1週間前のこと。
キーンコーンカーンコーン
「そこまでっ。テスト用紙を後ろの人回収していって」
「はぁ、やっとテスト終わった~」
「これで冬休みだぁ!」
「ねぇねぇ、中学って冬休みも宿題出るの?」
「うちの部活の先輩が、去年はヤバかったってさ」
「マジかよー、2週間くらいしかねーのに?」
「あんたはどうせやってこないでしょうが」
「ほんとそれー」
「はぁ?や、やってくるしっ」
「こらぁ、そこの連中うるさいぞー、さっさと帰る準備しなさーい」
「「「はーい」」」
冬休み談義に花を咲かせている集団に帰りの支度を促す中田先生。
まぁ、浮かれる気持ちはよくわからなくもないけど。
月1の三連休以外、ほとんど休みのなかった2学期は1学期よりもだいぶ長く感じられた。それがようやく終了を迎え、1週間後には待ちに待った冬休み。これを喜ばない生徒が果たして何人いるのだろうか?
「にしても、宿題出るのかー。俺そんなことやってる時間ないんだけどなぁ」
「そんなことって……。あー、そっか、優斗は毎年おばあちゃん家にかえるんだっけ?」
「そうそう、京都のな」
「いつからいつまで?」
「んーっと、27日から年跨いで5日までかな」
「ってことは部活も来ない?」
「そうだなぁ、幸い俺はレギュラーじゃないし、どうせ球拾いとかランニングばっかりだろうし、サボるいい口実になるわ」
こいつ、先輩とか顧問に聞かれたらしごかれるな、間違いなく。
「そっか。それじゃぁ、冬休み初日辺り、どっか遊びに行こうよ。明日香も」
「ふぇっ?!わ、私?!」
隣でスクールバッグに教科書を詰め込んでいる中、唐突に話を振られて動揺を隠せないらしい明日香。筆箱が彼女の手から滑り落ちたのでそれを絶妙なタイミングでキャッチする。
「なんでそんなびっくりしてんのさ、小学校の時はいつも3人で遊んでたじゃん。ほら」
「あ、ありがとう……。ってそれは小学校だからで、今はその……」
「ん?今は?」
「えっと……」
何を言いにくそうにしてるのか、もじもじとする明日香。すると、代わりに優斗が呆れ顔で代弁する。
「なぁ、カイ君。別に俺らはいいけどさ、お前嫁はいいのかよ」
「???なんで?」
「なんでって……。冬休み初日って12月24日じゃん、クリスマスイヴじゃん、世界中のカップルが一緒に過ごさなきゃいけない日じゃん」
「いや、そんな強制的なルールはないけど……。ってか、その『じゃん』の多用、さすが純浜松市民」
「それはお前もだろ……。とにかく、俺らはカイ君と嫁さんの年に一回の特別なデートを邪魔するほど野暮じゃないってこと」
明日香の方を見ると、うんうんと首を縦に振っている。
「ははは、お気遣いありがとう。でも、なにも24日とはいってないぞ?」
「「え?」」
「冬休み初日”辺り”って言ってるじゃん。別に26日でもいいじゃん?」
僕も人のこと言えないな。純浜松市民。
「あ、あー、そういうことか」
「それなら別にいいかな」
「よし、じゃぁ決まり。場所はどこにする?」
そんなこんなで26日の予定は決まった。やっぱ、恋人も大事だけど、親友も同じくらい大切だよね。
「あ」
「カイ君、一緒に帰ろ?」
昇降口に行くと、僕のクラスの下駄箱の前に紺色の制服に真っ赤なマフラーを首に巻いた僕の彼女が僕を待っていた。
「テスト終わりましたね」
「終わったねぇ」
「どうでした?」
「んー、私はいつも通りかなぁ。カイ君は?」
「そうですね、今回は一人でテスト勉強したのであんまり手ごたえは感じなかったです」
「ふーん?それは私に勉強教えてほしかったってことかなー?」
「……そんなことはないですよ」
図星だったが、意味深なドヤ顔で見てくる彼女を見ていたら、それを認めるのも何か癪なので、とりあえず否定しておいた。
でもそれすら見透かしたように、彼女は僕の顔を見る度に肩を揺らして笑ってくる。
「冬休み前にカイ君のかわいいところ見れてよかった」
「かわいくないし、そんなとこ見られてもうれしくないですよ」
「あははは、そうだね」
「まったく……」
…………。
会話が途切れてしまった。
別に話すことがなくなったとか会話に疲れてしまったからとか、そういうことではない。むしろ話したいことは山ほどあるのだが、今日はどうしても聞かなきゃいけないことがあるのだ。多分、先輩も同じこと考えているんだと思う。というか、そうでなかったら恥ずかしい。なんだけど……。なんだけど……。
「な、なんか今日は人目が多いですね……」
「そ、そうだね。今日はみんなテスト終わりだから下校時間は同じだもんね」
そう。テスト最終日は先生もテストの採点があるので、部活も委員会も休みなのだ。だから、下校時間は全校一緒なわけで、さらに言うなら、学校付近は前も後ろも制服着た学生でいっぱいなわけで。
要するにクリスマスデートに誘いづらいわけで。
「いいなぁ、前のカップル」
「ねー、クリスマス絶対デートじゃん」
「私もクリスマスまでに彼氏ほしかったなー」
「今からじゃ無理だよぉ」
なんて会話が後ろの女子グループから聞こえてくるので余計聞きづらい。
その時、手元に温かい感触が触れるのを感じた。
「えっと……」
隣に歩く彼女を見ると、平静を装うかのように前を向いているが、その顔にははっきりと熱がこもっているのが一目でわかった。
「なんか、もう恋人ってバレてるみたいだし、別にいいかなって……」
「あー……」
確かに、別に後ろの女子たちに手をつなぐ許可を取る必要なんて一切ないんだけど、交際期間4ヶ月経った今でも、なかなか慣れないなぁ、これ。
それでも、先輩の恥ずかしがりながらの努力を無駄にしまいと、僕も自分より少しだけ小さな手を出来るだけ優しく握り返す。心臓の音も後ろの声もうるさい。真冬なのにじっとりとした汗を感じる。
「え、えっとですね、冬休みの予定とか、もう結構決まってたりしますか?」
そんな居心地の悪い騒音をかき消そうと、一気に本題へ入る。
「そうだなぁ、部活だったり家族旅行だったり結構決まってたりするかも」
頭に入っているスケジュールを思い出そうと、あごに指を添えて考えるしぐさをする彼女。
「そうですか、忙しそうですね……」
そりゃそうだよな。たった2週間の休みで年末年始は家族と過ごすに決まっているし、部活だって普通にあるはずだし、いくら彼氏とはいえ、僕が入る余地なんてないよな……。
そんなあからさまに落ち込んだ僕を見て、先輩はくすくすと我慢できずに笑い出す。
「そうだなぁ。確かに忙しいかも。あ、でもそういえば、12月の24日は一日中空いてた気がするなぁ」
そう言って、こちらをちらっと見る。
「……絶対わかってて言いましたよね?」
「んー?なんのことー?」
くっ……。嬉しいけど、悔しいっ。でも……。
「そっかー、24日はあいにく僕が予定入っちゃってて」
「えっ……?」
もちろん24日は部活もないし、家族で旅行に行く予定もない。つまり丸一日空いている、ということだ。でも、このまま先輩に弄られたままにしておくのもすっきりしないので、ちょっとだけこっちもやられたらやり返す。倍返しだ。
「そっかー、予定が合わないなら冬休みは……」
「えっ……、あのっ、他の日でも頑張って空けるからちょっと待って……」
「あはははっ。冗談ですよ」
「え……?」
「だから、僕も24日、空いてますよ」
「……もうっ!カイ君のいじわる……」
「あはは、ごめんごめん。それで、24日、デートする?しない?」
「……する」
ふくれっ面をしつつも、しっかり両諾してくれる僕の彼女を見て、かわいすぎて思わず抱きしめたくなった。
「それじゃぁ、詳しいことはまた電話しますね」
「うん、わかった」
…………
そんな感じで話がまとまったところで、再び少しの沈黙……と思ったら、先輩が思い出したかのように口を開く。
「ところで、カイ君」
「はい、なんでしょう?」
「私の勘違いだったらごめんね?今日一度も名前を呼んでくれないのはどうして?」
「うっ……」
思わぬ狙撃に顔が引きつる。
「……やっぱり」
「あ、いや、それはたまたまで……、別にあえて呼ばなかったとか、そういうわけでは……」
「ふーん……?」
「ホ、ホントですよ……?」
「それじゃぁさ、私の事、呼んでみてよ?」
「え」
「いいから」
じっと見つめてくる見開いた視線に、耐え切れず顔をそむける。
「せ、先輩」
「ちーがーうーよーねー?」
にっこりと笑う先輩。目が笑ってない目が笑ってないっ。
「ゆ、有希亜先輩?」
「……」
「……ゆ、有希亜」
「うん、よろしいっ」
満足そうに顔をほころばせる先……有希亜。
実は、先日の件で、周りからのいざこざをなくすという名目でお互いに名前呼びでいこうという話になったのだ。というか、ほとんど彼女の方がその案をごり押してきたんだよな……。
「カイ君、そんなに私の名前呼ぶの嫌?」
「いや、単純に恥ずかしいんですよ」
「ふふっ、かわいいかわいい」
「ったく……」
ちなみに、僕の名前に関しては、すでに初めから名前呼びだったからそのままでという結論に至った。まぁ実際のところは、僕の方からその呼び方は恥ずかしいのでやめてもらったんだけど。
そんなこんなで、改めて彼女への呼び方を確認されたところでその日は別れた。 誤魔化しきれると思ったのに……。
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