第33話 先輩33 宿題
結局、その日の部活は休んだ。
先輩が泣き止むのを待っていたら、いつの間にか1時間くらい経っていて、階段から見えるテニスコートを覗くとすでに顧問は部活に来ていた。
後で知ったことだが、昇降口での件を見ていた部員の誰かが部長に報告したらしく、それを部長が顧問にうまく言ってくれたらしい。中学生ながら、なんと連携の取れた部活だこと。うちの部員は同級生から先輩に至るまで、みんないい人だと改めて感じるいい機会になった。今度お礼言っとこ。
まぁどっちにしろ、あの後、僕と先輩は、僕の担任かつ先輩の部活顧問のなかてぃーこと中田先生に職員室に呼ばれ、状況説明や状況説明や状況説明(……ってそれ以外話すことないな)を強いられてさらに1時間を費やしてしまった。
泣き止んだ先輩は黙りこくってしまうし、先生は半ば呆れながらもそれなりに心配そうに、でもやっぱりぐいぐい質問攻めしてくるわけで……だからそんな気まずすぎる状況で、一番の被害者であるはずの僕が一番気を使ったわけで。
「じゃぁ、鈴木には先生からよく言っておくから。君たちは今日は帰りな。カイ君の顧問にも私から伝えておくから」
「はい……」
「……」
「まったく……。後のことは2人でよく話しあいなさい」
中田先生は、呆れ顔とも苦笑いとも取れる表情で優しくそう言った。
結局、先輩は終始黙秘権を行使した。
ガラッ
「失礼しました」
「……失礼しました」
俯いたまま職員室の扉から動かない先輩。
「先輩?帰りましょ?」
「……うん」
生返事をする先輩。
んー、どうしたものかな。
こんな時、世の中のカップルはどうやってこの気まずい空気を切り抜けているのだろうか。
国語の苦手な僕は、そんな答えも出そうにない問いをもんもんと考えていた。
「やっぱり私、今日は一人で帰るよ」
「え?」
ようやく口を開いたと思ったら、まさかの一人で帰る宣言。これはどういう心情???もはや理解不能だ……。
頭はパンクしそうになっていたが、先輩が1人で帰りたいと言っているのだから、反対するのは野暮だと判断した。
「わかりました。それじゃあ、また……」
「うん……バイバイ」
そう言って先輩は、僕に背を向けると自分の下駄箱のある方の階段へ歩いていった。
はぁ……。色々ありすぎて疲れた……。さて、せっかく先生公認で部活休めるのだから、僕も早く帰ろっと。
「そんなに重い溜息を吐いて、あの子だけじゃなく、幸せも逃げていくぞ」
突然後ろから声をかけられて、というか背後に人がいたこと自体に驚いて、バッと体ごと振り返る。
「な、中田先生……!?」
そこには先程まで1時間たっぷりガールズトーク……じゃなくて世間話をした相手が先程と同様の呆れ顔でコーヒー缶片手に立っていた。
「なんだ、人をおばけみたいに」
「別にそういう訳では無いんですけど……。これから部活ですか?」
「いや、今日は副顧問に任せてあるから。誰と誰のせいかかは言わないが」
いや、それもう断定してますよね?
「ご、ごめんなさい、なかてぃ……中田先生。先生達にまで迷惑をかけて 」
「今日の件に関しては君たちのせいではないだろう?それよりもその『なかてぃー』の方を謝れ」
相変わらず、ユーモアのある先生だ。話していて面倒だと思うことはあるが、つまらないと思ったことは1度もない。
「それで、部活がない先生がどうして廊下に?」
「なーに、新婚ホヤホヤの君たちの痴話喧嘩を覗いてみようかなと」
なんて悪趣味……。
「……僕達の痴話喧嘩はお楽しみいただけましたか?」
「そんな人を蔑む目で見てくれるなよ。仮にも私は君の先生だぞ?」
「仮にも先生なら覗きは良くないと思いますが」
今度はこっちが呆れながらそう言うと、先生は悟ったような顔をして言った。
「私はね、君たちの事を本気で心配してるんだよ。中学時代の恋愛なんて、すぐに終わってしまう。特に君たちみたいに先輩後輩の関係なら尚更ね」
「それは……」
それは違う、と言いかけたが、ハッキリとした確証も根拠もなかったので、途中で言葉を飲み飲んだ。
「まぁそれでも……いや、だからこそ、今を大切にしたほうがいい。それはきっと、君だけでなく、あの子のためにもなるだろうから」
きっと中田先生は、この間先輩が言っていた『刺激』のことを言っているのだろう。なんとなくだがそう思った。いつの日か、先輩は日常ではない、非日常にしか存在し得ない刺激を求めて生きるようになったと言っていた。そして、それは気づかないだけで、誰にでも持ちうる人間の本能であると。
なら僕は、いったいどんな刺激を求めているというのだろうか……。
そして、僕はいつまで先輩の『刺激』でい続けることができるのだろう。
「ちーなーみーにー、今有希亜が君をおいて帰った理由はこれとは無関係だから」
「えっ?」
ぽかーんとする僕をよそに、中田先生はいつもの、にくったらしい表情を見せ付ける。
「先生、それってどういう……」
「それくらい、自分で考えなさい?」
「えー……」
「あたりまえでしょ。私が教えるのとカイ君が自分で気づくのでは、知ったときの感動が違うもの。勉強と一緒」
「いや、よくわかんないです」
「とにかく、自分で答えを見つけること。私からの今日の宿題はそれね?」
そう言って、中田先生は職員室の扉を開け、僕の異論反論も聞く前に中に入っていった。
そんなの、今日中とか無理だろ……。
仕方なく、下校中にでも試行錯誤……なんか違うな。まぁいいや。とにかく考えようと、昇降口に向かった。
「中田先生も意地悪な人ですね~」
「あー、吉田先生。もしかして、さっきの聞いてました?」
吉田先生と呼ばれる中田先生と同い年くらいに見える若い女の先生は、微糖の缶コーヒーを手に、中田先生の隣の席に座る。
「あんな宿題、中学の、しかもろくに男女交際もしたことない男の子にわかるわけないじゃないですかー。まぁ、女子はそういうのすぐに察するんでしょうけど」
「そうですね。確かに少し難しくしすぎたかもしれませんね。……でも、あれくらい理解できなきゃ、うちの部員は任せられないですから」
吉田先生はそれを聞きながら、コーヒーをくいっと口に流した。
「さっきまで泣いてたあの子が彼氏君を置いて帰る理由、そんなの、また泣いちゃうかもしれないのを見られたくないからに決まってますよね」
聞かれてもいないのに、勝手に答え合わせする吉田先生。完答ではあるけど。
「とは言いつつ、自分の生徒と部員はかわいいですもんね~。……それで?本当のところは?」
「……私を差し置いて学生恋愛とか、許さんっ」
そう言って、真っ黒のラベルの缶を握りつぶす。
「あははは、そんなことだと思った」
「まぁ、半分冗談ですけどね」
「半分なんだ……」ボソッ
「ん?何か言いました?」
「あ、いえっ、なんでもないですよ」
さすがに、「だから彼氏できないんですよ」とは言えなかった。
中田先生の疑いの視線をごまかすように、吉田先生は残ったコーヒーをのどに流し込んだ。
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