第31話 先輩31 上級生
先輩との付き合いも2ヶ月ほど経ち、学年に収まらず全校生徒にまでそれが広まり始めた11月のある日のこと。
「2人ともお疲れ様」
「お疲れ様です」
「お疲れー、今日はほかの委員会からのアナウンスも少なくて楽だったね」
「そうね、お昼の放送も1人を除いてノーミスだったわね」
いつものように落ち着いた態度を崩さない副委員長がジト目で先輩の方を向く。
「へ、へぇー?いったい誰がそんなミスしたんだろーね……」
わぁ、誤魔化すの下手すぎる……。
わざとらしくとぼけた顔をする先輩を横目にため息をつく僕。
「はぁ、まぁいいわ。私は鍵返してくるから、2人は先教室戻ってて」
副委員長も僕と同じことを思ったのか、呆れ顔に笑顔を載せて職員室に向かった。
「戻りますか」
「そうだね」
階段を昇りながら、僕は先輩に話しかけた。
「先輩、今週末って空いてますか?」
「ん?土日って事?」
「はい。どちらか片方でいいんですけど」
「えーっと、日曜なら一日空いてるよ」
「よかった。それじゃぁ、日曜はどこか遊びに行きません?」
「うんっ、いこいこっ!どこにしよか?」
「そうだなぁ、この間は街で映画だったから……水族館とかどうですか?」
「いいね!あ、でも、この近くに水族館なんてあったっけ?」
「浜名湖の近くにいくつかありますよ。動物園とセットになってるところもあるし」
「んー、動物園はいいかな」
「臭いに絶えられないからでしょ?」
「あははっ、よくわかったね」
「僕もおんなじ理由だから」
そう言うと、先輩は目を丸くした後、肩を揺らして笑った。
「やっぱりカイ君おもしろいねっ」
「いや、僕は普通ですよ?」
「カイ君のどこが普通なの?」
「ひどい……」
「そーゆーリアクションも好きっ」
「はいはい、そうですかー」
「あ、怒っちゃった?」
「なんでそんな嬉しそうなんですか……」
「だって、なんか新鮮なんだもん」
「人の怒った顔見て喜んでる人初めて見ましたよ」
「あ、やっぱり怒ってたんだ?」
「怒ってませんー」
「おーい、そこの2人、はよ教室戻らんか」
下の段を見下ろすと、副委員長がスタスタと階段を昇ってくるのが見えた。
「あれー、蓮花、来るの早くない?」
「あなたたちの歩くスピードが遅すぎるのよ……」
言われてみれば確かにそうかもしれない。というかそれしかない。
「デートの約束はいいけど、話すなら放課後にしなさい。先生たちに怒られるわよ?」
「はーい……って、蓮花、いつから聞いてたの?」
「そうね、海斗君が水族館を提案したところあたりからかしらね」
それって、結構序盤じゃ……。
結局、その後先輩は副委員長に引っ張られて高学年の階へ強制的に連れていかれた。
仕方ないので、部活前の放課後にもう一度会って、集合時間とか簡単な予定だけ決めようということになった。別にそんなのすぐに決まるだろって思われるかもしれないが……放課後にまた会える口実が出来るからいいってことで。異論反論オブジェ……は認めない。
そんな感じで、浮かれた気分で自分の教室へ戻っていった。
そして放課後、事件は起こった。
「優斗、悪いけど先部活行っててくれないか?」
「いいけど、なんか用でもあんのか?」
「まぁ、ちょっとね」
「ふーん。まぁネット張るのは他の奴らとやっておくけど、顧問が来る前には来いよ」
「あぁ、わかってる」
「じゃぁあとでな」
そう言って、同じテニス部員の優斗と昇降口で別れた。
「顧問が来るのはだいたい部活が始まって30分後だから……5時までにテニスコートに行けばいっか」
「なぁ、カイ君ってお前の事か?」
突然、背後から僕を呼ぶ男子の声が聞こえた。
「え?」
振り向くと、そこには僕よりも10センチは背が高いであろう男子生徒が僕を見下ろしていた。服は所々穴の開いたダボダボのジャージを着ていて、髪はサッカー部みたいにさっぱりしているけどちょっとワックスで上げているのが素人の僕にもわかった。要するに、田舎特有の不良の典型パターンだ。
「お前がカイ君であってんのかって聞いてんだけど」
僕のキョトンとした態度に苛立ったのか、先ほどよりもきつい口調で詰め寄ってきた。
チラッと足元を見ると、かかと踏みされた上靴には1つ上の学年の赤色のラインが入っていて、腰のところには『鈴木』と縫われた名前が見えた。
「えっと、そうですけど……」
誰ですか?とはさすがに聞けず、とりあえず質問にだけ答える。
正直、部活と委員会以外で先輩たちと関わりがないので、目の前の不りょ……鈴木先輩に見覚えが全くなかった。
「お前か、俺の有希亜に手ぇ出してんのは」
「は、はい?」
いきなり何言ってんの、この人。
「最近、低学年の奴がよく有希亜と一緒にいるって耳にしたからよ。どんな奴かと思ったら、ただの陰キャじゃねーか」
い、陰キャって。仮にも初対面の相手によくもそこまで遠慮なく暴言履けるな……。
「単刀直入に言うけどな、俺のもんに勝手にちょっかいかけてんじゃねーよ。殺すぞ?」
そして畳みかけるように、ものすごい形相でさらに詰め寄ってくる鈴木先輩。
「……」
自分よりも大きな先輩に対する恐怖からなのか、それとも別のなにかなのか、何も言い返せず僕はただ立ち尽くしてしていた。
「じゃぁな。もうあいつとは一切関わんなよ」
沈黙を同意と取ったのか、鈴木先輩は振り返って階段の方へ歩き出した。
それには目もくれず、僕は下を向き続けた。
確かに、僕みたいな何のとりえもない後輩と付き合ったって、有希亜先輩には何のメリットもないし、なにより楽しくないだろう。
でも……
「……っています」
鈴木先輩は僕の声に反応し、立ち止まってこちらを振り返る。
「あ?」
「……先輩は間違っています」
「なにをだよ」
「有希亜先輩は先輩のものでも僕のものでもありません。1人の人間なんです」
「はぁ?何言ってんの?俺の女なんだから、あいつのことをどう呼ぼうが俺の勝手だろーが」
それを聞いた瞬間、いまだかつてない怒りが体中を駆け巡るのを感じた。
落ち着け。ここでブチキレたら鈴木先輩と一緒だ。
「……すぅーっ、はぁっ。彼女を自分の所有物みたいに考える人に、有希亜先輩と付き合う資格はないっ」
語尾が少し荒くなるのを感じつつ、沸騰寸前の怒りをなんとか抑え込んだ。
普段、めったにキレることのない僕だが、鈴木先輩の誰かへの侮辱に関してはどうしても許すことができなかった。
「っぜーなぁ!年下のくせに説教なんかしてんじゃねーよっ!」
僕の言葉に怒りを露わにした鈴木先輩は、近づいてくると、構えた右こぶしを勢いよく僕の顔面にめり込ませてきた。
「っ……」
ズキッとする痛みに思わず左手の甲で口元をぬぐうと、鮮血がべったりとついているのが見てわかった。
「ちょっと、やばくない……?」
「先生呼びに行こ……?」
後ろで一部始終を見ていたらしい女子二人組が慌てて階段の方へかけていくのが見えた。
それを見た鈴木先輩は軽く舌打ちをすると、こっちを見て吐き捨てた。
「次ふざけたことぬかしたらただじゃすまないからな、覚えとけよ」
「暴力でしか解決できない先輩なんて……怖くないですよ」
「て、てめぇっ……!」
もはや怒りを我慢しきれずに今度は僕がそう吐き捨てると、引きつったような顔をした鈴木先輩は僕の胸倉をつかんで、再びその拳を振り上げた。
「ちょっと、何してんの……」
覚悟をして目をつぶったとき、聞き覚えのある人の声が背後から聞こえたのが分かった。
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