第19話 先輩19 確認

 窓ガラス越しに差し込む夕日が、教室内の空気を蒸し上げ、残暑の鬱陶しさを誇張している。

 僕の額からもジリジリと汗が吹き出しているのだが、果たしてこれは暑さのせいなのか、それとも目の前の1つ上の女性のせいなのか、僕には分からなかった。


 「こ、こんにちは、先輩」

 「うん」


 それだけ言って、静かにこちらを見つめる先輩。

 僕も言いたいことはあるにはあるのだが、なぜか言い出せない。

 まるで、お互いに言葉を放つ波を見極めているかのようだ。


 「ま、祭りの時は、助けてくれてありがとうございました」


 先に言葉を放ったのは僕だった。


 「ふふっ、カイ君が人混みが苦手だったのは意外だったなぁ」

 「はい、乗り物の類は全然平気なんですけど……」

 「それは関係ないと思うよ〜?」


 いつもの、悪戯っぽく楽しげな笑顔を見せる先輩。それに比べて、緊張のあまり変に身構えてしまう僕。


 「そんなに硬くならなくていいのに……」

 「あ、ご、ごめんなさいっ。僕そんなに緊張してるように見えました?」

 「うん。それに顔まで真っ赤」

 「そ、それは多分……」

  多分夕焼けのせいだ、と言おうとしたが途中で飲み込んだ。今日の先輩は余裕のある先輩だから、恐らくまた軽く笑われてしまうに違いない。


 「多分……なに?」


 ほら、僕が焦るのを楽しんでいる。でも今日は主導権は握らせたくない。


 「それより、今日僕を呼び出したのは先輩ですか?」

 「さぁ、どうかなー?」

 「じゃあ帰ろうかな」

 「ははは、そんなにあからさまに拗ねないで」

 「拗ねてないですよ」


 そう言いつつ、ふくれっ面顔をする僕。なんて単純。


 「この間の返事の事、確認したくて……」

 「……」

 「その……私達、付き合ってるってことでいいんだよね……?」


 恥ずかしそうに、でも目は真っ直ぐにそう聞いてきた。彼女の顔は、明らかに夕焼けよりも赤かった。


 「付き合うって、具体的には何をするんですか?僕こういうの初めてで……」

 「そうだなぁ……。一緒に帰ったり」

 「1回帰りました」

 「一緒に話したり」

 「委員会でも話してます」

 「……じゃあ、手を繋いだり」

 「それは友達でも……」

 「もうっ、あぁ言えばこう言う……。キリがないじゃん!」


 分かりやすく怒った表情を見せる先輩。


 「ははは、冗談です」

 「せ、成長したね、カイ君」

 「まぁ誰かさんが、いっつも僕を弄ってくるからね」

 「はいはい、すみませんでしたー。……ふふふ 」

 「はははっ」


 耐えきれず、お腹を抱えて笑い出す2人。

 

 「あははは……。それじゃあ、カイ君にとって付き合うってなんだと思う?」

 「んー、手を繋いだり、一緒に帰ったり……」

 「同じじゃん」

 「……あとはデートしたり、キ、……キスしたり?」

 「そ、それもあったね……」


 ……


 中学生には少し大人っぽいワードに2人しか居ない教室内に気まずさが漂う。


 「してみる…?」

 「……え?」

 「だから、キス……してみよっか?」

 「いきなりですか?」

 「べ、別にいつしたっていいでしょっ?私達、恋人……なんだから」

 

 先輩の口から出た「恋人」という言葉に、思わずドキッとする。


 「そ、そうですね。じゃあ、してみます……?」

 「う、うん」

 


 とは言ったものの、キス経験どころか恋愛経験すらない僕は、何からしたらいいのかわからなかった。


 「もうっ、しょうがないなー。ほら、目をつぶって?」

 

 そんな僕の考えも見透かしたように、自分から誘導してくれる先輩。言われるがまま、僕は目を閉じる。


 「恥ずかしいから、絶対目開けちゃだめだよ……?」

 「は、はい」


 かすかに夕焼けの光がまぶた越しに確認できた。そして、次の瞬間……。


 「ん……」

 

 小さなの息遣いとともに、今まで経験したことのないほどの柔らかな感触が僕の唇に触れた。


 「……っ」


 柔らかい感触が離れていったのを感じ、僕は目を開けた。時間にして、1秒経ったかどうかといったところなんだろうけど、僕には1分以上に感じられた。

 

 ガバッ


 目を開けた瞬間、先輩は僕の胸に顔をうずめながら、少しだけ強く抱きしめてきた。


 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」


 少しだけ荒く呼吸する彼女は、何も言わずただ僕の体にくっついている。


 どうしたものかな……。

 しばらく呆然と固まったままでいると、息を整えた先輩は顔をうずめたまま言った。


 「抱きしめて……」

 「え……?」

 「カイ君も、私の事、抱きしめて……」


 そして僕は何も言わずに、少しの間、彼女を優しく抱きしめ続けた。

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