第9話 先輩9 夏休みー1

 カランッ。

 ミーンミンミンミンミンミン……

 ボォォォォォ……


 急激に冷却された水蒸気は状態変化で気体から液体へ変化する。現に今、ガラスコップの表面にまたも水滴が浮かび上がった。そして水滴はその重さに耐え切れずにコップの表面をつたい、やがて机の上にたどり着く。僕はこれをも5時k……5分間も眺めている。こんな気温の中、勉強なんてはかどるわけがない。夏休みの課題の上に体を突っ伏して1人やさぐれていたのだった。


 バンッ!

 

 「もう、お兄ちゃん!お昼ご飯できたってお母さんが何度も呼んでたのに」

 

 机に顔をつけながら、視線だけ扉の方にずらすと、幼いスカートを履いた2つ下の妹、小春が仁王立ち、腕組をしながらこっちを見ていた。

 

 「あぁ、ごめんごめん。呼んでた?」

 「そりゃもう10回はね。どうせ、ぼーっとしてたんじゃないの?」

 「そんなことないぞ。今だってこうして夏休みの宿題……」

 「突っ伏してんじゃん」

 

 そういえばそうだった。仕方ない。お腹空いたことだし、食卓へ行くか。

 風量マックスにしていた机からゆっくり体を起こしつつ、扇風機を止めて下の階へ向かった。


 夏休みが始まってまぁまぁ忙しい日々を過ごすこと10日目。せっかくの長期休暇だというのに、すでに3分の1を過酷な部活1日練習と先生がこれでもかと惜しみなく出してくれた夏休みの宿題(学生の宿敵)に費やしてしまった。ただでさえ、年々どこかのお偉いさんの方針(気まぐれ)で、この素晴らしい長期休暇を削ってくれるおかげで学生の貴重な日々を退屈なものに陥らせてくれているというのに……。

 

 「暇……。なんかたのしいことないかなー……」

 「うらやましい悩みね」

 

 リビングでくつろいでいると、隣の部屋から仕事服を着た母さんが皮肉っぽく言った。

 

 「母さん、今から仕事?」

 「えぇ、夏休みだろうがお盆だろうがあなたたちが自立するまでお母さんは暇にはならないのよ」

 「あー、いつもお疲れ様です……。今日は何時に帰ってくるの?」

 「それがね、今日はちょっと遅くなりそうなの。だからカイ君と小春をお母さんのお友達の家に降ろしながら仕事場に行こうかなって思ってるの」

 「お母さんの友達?」

 「うん。でも大丈夫よ、昔からの付き合いだし、あっちのお子さんもあなたと同じくらいの年だから」

 「まぁ、別にいいけど。じゃぁ小春呼んでくるわ」


 

 完全に騙された。

 

 「それじゃぁ、エリカ。よろしくね。夜8時くらいには迎えに来るから」

 「おっけー、仕事頑張ってねー、橙子」

 「カイ君。小春の事ちゃんと見ててね」

 「う、うん……」

 

 そう言って母さんは僕と小春を母さんの友達というエリカさんの家に置いて仕事へ向かった。

 

 「じゃぁ、カイ君、小春ちゃん。2人とも入って入って」

 「お、お邪魔します」

 「お邪魔しまーす!」

 

 別に慣れない家だからとか大人の人だから緊張しているわけでは決してない。というか、むしろそのほうがどれほどありがたかったことか……。ここに来るのは初めてなのに、見慣れたものがいくつもある。見慣れた表札、見慣れた学校ジャージ、見慣れた靴。そして見慣れた先輩……。

 

 「か、カイ君っっ……!?」

 「こ、こんにちは。お邪魔してます……」

 

 リビングに入ると目の前には2週間ぶりの先輩の姿がそこにあった。そう、お母さんの友達というエリカさんを見た時から気づいていたが、ここは有希亜先輩の家。

 

 「も、もしかして、今日うちに来るっていってた同い年くらいのお客さんって……」

 「は、はい。多分僕と妹の事かと……」

 「そ、そうなんだ。ど、どうぞゆっくり……あ」

 「?」

 

 そこまで言ったところで急に先輩は下を向いて固まってしまった。

 

 「ど、どうし……」

 「な、なんでもない!ゆっくりしてて!」

 

 全然ゆっくりでない様子で、先輩は隣の部屋に入っていった。

 

 ガラッ


 「ご、ごめんね。急に」

 「あ、いえ、全ぜ……」


  しばらくして小春と二人でテレビを見ていたら先輩が戻ってきたので後ろを振り向くと、そこには初めて見る私服姿の先輩の姿がそこにあった。

 

 「こ、これは午前中部活で学校に行ってたから着替えてきただけで、別に普段からジャージで過ごしてるわけではないから」

 

 あ。さっきは家の中でジャージ姿でいたことを気にしていたのか。別にそんなこと気にしないのに。と言うのはさすがに野暮だと思ったので口に飲み込んだ。

 

 「なんか私服姿初めて見ました。おしゃれですね」

 

 代わりに素直に服の感想を言うと、先輩はみるみる顔を赤くして目をそらした。

 

 「あ、ありがとう……」


 「お、カイ君。さっそくうちの有希亜を口説いてるのかな?」

 

 気づくと、リビングの扉からニヤニヤしたエリカさんの顔が見えた。

 

 「え?」

 「ちょ、ちょっとお母さん!?」

 

 先輩はさらにゆでだこのように顔が真っ赤になった。それにつられてなぜか僕も顔が赤くなる。

 

 「フフフ。あ、そうだ、今からちょっとお買い物行こうかと思ってるんだけど、カイ君と小春ちゃんも一緒に行かない?」

 

 唐突にエリカさんは言った。

 

 「うん、行きたい!」

 

 それに対し、僕が答えるよりも先に、小春が元気よく返事をした。

 

 「じゃぁ、3人とも車に乗って」

 

 ということで、来て1時間も経ってないけど、言われるがまま僕と小春は先輩の家を出た。

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