第5話 先輩5 女心

 あれから一か月が過ぎた。

 先輩とは運動会以来、委員の仕事でしか話すことはなく、話もほとんど事務的なことばかりだった。さすがの僕でもちょっと不安にはなる。週一の放送でしか会わないとはいえ、いつもは先輩からすごい勢いで話しかけてきたのに、ここまであからさまに避けられると、気になる、というか落ち込む。


 「俺、先輩に嫌われちゃったのかな」

 「んー?先輩っていつもカイ君にアプローチしてるかわいい先輩?」

 「あ、明日香!?」

 

 独り言のつもりだったのだが、隣の席の明日香にがっつり聞かれていたらしい。


 「あ、ごめん、私に言ってるのかなと思って」

 「あー、いや、独り言だったんだが……」

 「ふーん、カイ君が独り言なんて珍しい。悩み事なら私が聞いたげるよ」

 

 あんたは俺の姉さんか、というツッコミは置いといて。こういうのはやっぱ、女子に聞いたほうがいいのかな。


 「はぁ。最近、先輩がなんかよそよそしい、というか避けられてる感じがするんだよね。しかも俺にだけっぽいし」


 ……


 「あ、明日香……?」

 

 何も言わないまま明日香は固まっている。


 「……ぃよ」

 「え?なんて?」

 「そーれーはー、カイ君が悪いっていったのー!」

 「え!?なんで?」

 「はぁ……。カイ君、ほんと鈍感だよねー。まぁ、そーゆーとこ、嫌いじゃないけど」

 「え、俺が鈍感?どういうこと?」

 「そのまんまの意味だよ」

 「お、教えてくれよ、明日香。なんで先輩は俺の事避けてるの?」

 

 すると明日香はちょっと怒ったような顔をして次の授業の教科書を机から出しながら言った。


 「それを私に聞くー?先輩に聞いてみたらー?」

 「お、おい、なに怒ってんだよ」

 「怒ってませーん」

 

 そう言って、明日香は立って廊下へ向かおうとした。


 「ちょっと待って。どこ行くんだよ」

 「……ト、イ、レ!」

 「あ……ごゆっくりどうぞ……」

 

 明日香は怒りをあらわにしながら、教室から出て行った。

 女心って……難しすぎだろぉ~


 キーンコーンカーンコーン


 今日は週に一回の放送担当の日だ。そして、週に一回、先輩に会う日でもある。

 今日も避けられるのかな……。試しに自分から話しかけてみようかな。


 ガチャ……


 「こんにちはー……」

 

 あれ、誰もいない?

 いつもなら有希亜先輩も副委員長も先に来てるのに、誰もいないなんて珍しい。給食袋を置きに、奥の部屋に入る。長机にそれを置くと、後ろから突然目隠しをされた。


 「だーれだっ」

 

 男子にはない柔らかい感触、ちょっと大人っぽいいい香り、そして一週間ぶりに聞くかわいらしい声色。


 「有希亜先輩……?」

 

 すると、目隠しは外れ、後ろを向くと一か月ぶりに見る、あのかわいらしい笑顔がそこにあった。


 「フフッ、せいかーい」

 「もう、びっくりしたじゃないですか。誰もいないかと思いましたよ」

 「今日は移動教室の授業だったから、三階で偶然カイ君が教室から出てくるのを見たから先回りしてたの」

 「え、それってストー……」

 「ち、違うから!ほんとにたまたま見ただけだから」

 「えー、ほんとですかぁ?」

 「ふーん、先輩の事、疑うんだー?」

 

 先輩は僕の方にぐっと近づいてきた。


 「い、いや、そういうつもりじゃ……」

 「……。アハハ、やっぱかわいい!」

 「もう。そろそろ放送の準備しますよ」

 「あれー、怒っちゃった?」

 「怒ってないですよ」

 「ほらー、怒ってるじゃん」

 「怒ってないですって。むしろ先輩がまだ怒ってるんじゃないかってヒヤヒヤしてたのに」

 「え?私が怒る?なんで?」

 

 先輩は意味が分からないっといった顔で聞いてきた。


 「いや、最近ずっと怒ってたでしょ」

 「誰に?」

 「僕に」

 「いつから?」

 「運動会から」

 「なんで?」

 「なんでって、僕が聞きたいですよ」

 「それは多分、海斗君がほかの女子とイチャイチャしてたからじゃないかしら?」

 

 扉の方からいつの間にかそこにいた副委員長が代わりに答えてくれた。


 「ふ、副委員長?」

 「そうでしょ?有希亜?」


 

 ……


 「あー、そういう事ね!カイ君、もしかしてそれで私がずっと怒ってると思ってたの?」

 「は、はい……」

 「ハハハ、確かにあの運動会の日はちょっと機嫌悪かったけど、次の日からは普通だったよ?」

 「え?でも最近、なんか僕の事避けてませんでした?先週なんか、ほとんど話してくれませんでしたよね?」

 「んー、それは……」

 「それは……?」

 「言わなきゃダメ?」

 「気になりますもん。教えてください」

 「えっとね……」

 

 なにをそんなに言いにくそうにしているんだろう。


 「つ、月1の、だったの」

 「月1って?」

 「ふぇ?!」

 

 先輩は顔を真っ赤にしている。


 「はぁ、海斗君、女の子にそういう質問はしないのが得策よ?」

 「え?」

 

 副委員長の言ってる意味がよくわからない。

 

 「いくら鈍感な海斗君でも、女の子が月に一回っていったらわかるわよね?」

 「女の子が……?……あ」

 

 ようやく理解した。性とか恋愛には疎い僕だが、保健の授業でやったことは多少覚えている。


 「す、すみません!デリカシー皆無でした!」

 

 せっかく先輩と仲直りっぽくなったかと思ったのに、またやらかした。


 「だからね、先週はちょっとそれで元気なかったの……。ごめんね?」

 「い、いえ!ほんとにごめんなさいっ」

 

 これで今週からまたいつもどおり、だよな?


 ガチャ……


 「失礼しまーす。海斗いますかー?」

 

 お昼の放送が始まってすぐ、いつもどおり僕の給食を持ってきてくれたのだが……。


 「あれ、珍しい、健司が持ってきてくれるなんて」

 「あー、なんか知らんけど、明日香が、今日はちょっと用事があるからって俺に頼んだんだ」

 「そうか。さんきゅーな」

 「おう、じゃぁまたな」

 

 明日香のやつ、まだ怒ってんのかな。

 奥の食事部屋に給食を運ぶと、向かいの席に座ってる有希亜先輩がこっちを見てニヤニヤしている。


 「な、なんですか?」

 「今日は明日香ちゃんじゃなくて残念だったねー、カイ君?」

 「別に、ただ用があるって言ってただけですよ」

 「ふーん?用、ねぇ」

 

 この表情は、何を考えてるか全然わからん。

 こっちは解決したと思ったら、今度は明日香の方か……。ほんと、マジで女心複雑すぎだろ……。

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