第3話 先輩3 種目決め

ガヤガヤ……


「はーい、それじゃぁ、みんなやりたい種目に手を挙げてねー。まず、100m走!」


月日はそこまで流れず五月半ば。この時期になると地域にもよるが、運動会の準備が始まる。うちは基本的に五月終盤に運動会、11月半ばに合唱コンクールがある。今日は前者の運動会の種目決めをクラスで行っているところ。


 「じゃぁ、これで100m走は決定ね。次は綱引きやりたい人~」

 

 学級委員長、みんなやりたがる種目から決めてくスタイルか。まぁ、そのほうがじゃんけんで負け続けた人が残り物になるけど早く決まるよな。賢い。まぁ、残り物って言ったら大体、1500m走だな……。それまでに絶対じゃんけん勝とう。こうしてクラスの種目決めは思ったより早く、しかし一時間丸々使って終わった。



 「よし。じゃぁ、100m走やりたい人~」

 

 これは決して僕が種目決め前にタイムリープしたわけでも、原作者のミスでもない。事実、僕は二回目の種目決めに参加している。まぁ、こっちは放送委員の方なんだけど。


 委員長がいつもの笑顔で会を進行させる。


 「んー、誰もやりたがらないか。じゃぁ、これは後で決めようか。では次に玉入れやりたい人ー」

 「「「はーい」」」

 

 放送委員は運動会や合唱コンクールにも仕事がある。今回の運動会では、開会式、閉会式の進行や校内アナウンス、そして各種目の実況中継である。参加する側なら100m走や綱引きなどすぐ終わるか団体種目のようなあまり目立たない種目を選ぶ傾向にあるのだが、実況担当となると話は別だ。100m走とか障害物競争のような組数の多い種目は個人個人、一回一回は短くても、種目全体にかかる時間は綱引きや玉入れの方が圧倒的に短く、実況も簡単なため人気なのだ。


 「はぁ、担当したい種目がみんな同じ…。みんな年々賢くなってるね。でも、今年は綱引きとか応援種目の担当の人は仕事増やすからなー」

 「えー、委員長、そりゃないぜー」

 「去年より厳しいー」

 「はいはい、文句言ったってもう決定事項ですー」

 

 そういうわけで、こっちはこっちでまた一時間くらいかかりそうだ……

 

 「ねぇねぇ、カイ君」

 

 ちょんちょんと隣の席に座っている有希亜先輩が小声で僕の制服の裾を優しく引っ張った。

 

 「何ですか?」

 「カイ君はどれにするか決めた?」

 「いや、まだですけど。あ、でも、綱引きは僕、クラスの方で出なきゃいけないのでそれ以外かな」

 「ふーん、じゃぁさ、一緒に100m走、やらない?」

 「えっ?」

 

 予想外の提案に驚きを隠せない。なんで仲のいい副委員長じゃなく、後輩の、しかも男子の僕に……。それになんで一番誰もやりたがらない100m走を。


 「だれもやりたがらないしさ、ここは先輩たちに貸しを作っておいてもよくない?」

 

 あー、そゆことか。これも先輩たちと上手くやっていく秘訣なのかな。なんてこの当時は馬鹿正直に受け入れた僕。


 「そういうことなら、いいですよ」

 「やった、ありがと!」

 「そこ、なーに二人の世界に入ってるのかな~?」

 

 前を向くと、副委員長がニヤニヤしながらこっちを指摘してきた。

 

 「あ、えーっと……」

 

 僕が答えあぐねていると、


 「私とカイ……海斗君の二人で100m走やろうかなって話してたんです」


 先輩がすかさずフォローしてくれた。

 

 「お、ほんとかい?助かるよ!」

 

 委員長が満足そうに言った。

 

 「よし、このままどんどん決めていこう!次、リレーやりたい人~……」


 結局、あれから一時間、種目決めでその日の委員会は終わった。まぁ、こっちは種目だけじゃなくて他にも決めることがあったので、クラスよりはまとまりがあったか。


 「じゃぁ、明後日、また委員会開くので、放課後、この理科室に集まってください。先生からなにかありますか?」

 「いんや、特にないよ。戸締りと忘れ物だけ注意して気をつけて帰ってね」

 「じゃぁ、解散」

 「「「さよーならー」」」


 よし、今日は部活もないし一人で帰るか。


 「ね、ねぇ、カイ君」

 

 帰ろうとかばんを持った時、後ろから有希亜先輩に声をかけられた。


 「はい?どうしましたか?」

 「今日はもう帰るの?」

 「え、まぁ今日は部活もないし、帰ろうかなと思ってますけど」

 

 すると先輩は、いつの日にか見た、困ったような、でも照れたような顔つきでこっちを見てきた。


 「そ、そっか。もしよかったらでいいんだけどね……」

 「?」

 「い、一緒に……帰らない?」

 「ぇ?」

 「だめ……かな?」

 「べ、別に僕は大丈夫ですけど……。あ、ふ、副委員長も一緒に帰らないんですか?」

 「あー、私これから職員室で先生とちょっとお話があるから先帰っててもらえるとありがたいなー」

 

 なんか棒読みっぽい感じもするけど、それなら仕方ないか。


 「じゃぁ……帰りましょっか」

 「う、うん!」


 

 校舎を出ると、外は少し暗くなっていた。もう六時過ぎてるもんな。でも、今日はこれくらいの暗さでよかったと初めて思った。学校の女子と一緒に下校とか生まれて初めてだよ。しかも先輩とだなんて……。暗いからまわりの生徒からもあまり見られないし。


 「か、カイ君?」

 「は、はい。なんでしょう?」

 

 突然呼ばれてびっくりする僕。


 「きょろきょろしてどうしたの?」

 「あ、ご、ごめんなさい。なんでもないです」

 「もしかして、周りの目を気にしてる?」

 「あ、別に先輩との下校がいやとかじゃなくてですね……」

 「フフッ。カイ君照れちゃって、かわいいね」

 「か、かわいくなんてないですよ」

 「あ、ふてくされてるー。やっぱりかわいい」

 

 もう、先輩はいつもぼくのことかわいいかわいいって。僕だってこれでも男なんだぞ。


 「でもうれしいな」

 「え、なんで?」

 「あ、いや、なんでもなーい」

 

 ? またはぐらかされた気がする。


 「それより。運動会、初めてだけど大丈夫そう?」

 「そうですね。小学校でも放送委員でやったので多分大丈夫だと思いますけど」

 「そっか、じゃぁ信頼してるね!」

 「え、先輩だって仕事してくださいよ?」

 「アハハハ、さぼろうとしてたのバレたか」

 「バレバレだよ~。っじゃなくてですよ」

 

 思わずため口になってしまって、すかさず訂正した。


 「いいよ、ためで。っていうか、敬語しんどいでしょ?」

 「い、いや。さすがに先輩にため口はできませんよ」

 「そう」

 

 すると先輩はちょっと悲しそうな顔をしたが、すぐいつもの笑顔に戻った。


 「運動会。委員会の仕事頑張ろうね!」

 「はい!」

 

 そうしてその日は、そこで別れた。

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