第3話 水神様と二人の狛犬《わんこ》

水神様は 常世とこよ 現世うつしよ を 結ぶ ことができる。

キラキラと光りが集まる鳥居をくぐれば、その先は″ 人間 ″達が住まう世界というわけだ。


(……暖かかったな )


転びそうになった私を拾いあげた手は、今や乱暴に離されて寂しさだけが残る。前を歩く背中は″ 寄るなオーラ全開 ″で、私は自然と距離をとった。



そう、水神様この人はいつだって私に冷たい。


まぁ、なにかしら失敗する私が悪いと言えば悪いのだが、いつも怒られている。今朝は漬物の切り方がご不満だったらしい。私からすれば、そんな些細な事をと思うが、水神様はそうはいかない。


きっと、になりすぎているのだと思う。


…… ″ " だけに。



自分でボケて笑っていると、害虫を見るような冷たい目で水神様がこっちを見ていた。それに気付いて苦笑いを返すが、水神様は興味がなさそうにそっぽを向く。


「おっはよーございますっ!水神様、コトハ様!


今日も一日よろしくお願い頼みます!!」


トウ間違えてる…お願い し ま す だよ。


おはようございます、水神様、コトハ様。」


狛犬の像の影から二人の子供が言った。


元気いっぱいで時々言葉がヘンなのが、" トウ "。それをいつも冷静に指摘するのが姉の" ハル "。

どこにでもいそうな仲睦まじい姉弟だが、この二人は立派な水珠神社の " 狛犬 " 様である。頭を撫でるとふわっふわの尻尾が大きく揺れた。


『 いやぁ~今日も気持ちのいい朝じゃの 』


箒を持って境内を掃除しているお爺さんが水神様に向かって言う。いや、このお爺さん" 智春ともはる "に、水神様は見えていない。

何故ならこの神主は"人間"なのだ。

挨拶したって顔の前で手を振ったって、60年間一度だって返したことがない、ほらね。


「コトハ、何をしてる。智春コイツにそんな力はないと知ってるだろう。


馬鹿みたいなことやってないで、さっさと "穢れ" がないか見回ってこい」


「す、すいません、水神様!

トウハル行こう!」


急いで二人を連れて境内を見回る。


この水珠神社にとって良くない " 気 " の事を、水神様は " けがれ " とそう呼んでいる。放っておくと穢れは水神様の力を弱らせるそうで、この水珠神社の存続に関わってくるのだ。


実際に、穢れの浄化が追い付かなくなった神社からは神様が消えて空気が淀む。すると自然に人々から信仰されなくなり、存在すら忘れられて、神社自体の意味を失うのだ。そうやって幾つもの神社が、神様が、今もどこかで消えている。


「ささっ、コトハ様 ご準備を」


トウに言われて懐から榊を取り出し、近くの小川にくぐらせた。水神様を祀っているだけあって、境内には山の澄んだ湧水がいたるところから湧き出ているのだ。この小川もそうで、裏の池へと繋がっている。


「コトハ様、あっちに穢れがあります」


ハルが指差したのは、参拝に来た人達が書いた絵馬であった。


『 ×××大学に受かりますように 』


『 家族全員が幸せに過ごせますように 』


『 彼女ができますように 』


最後のは神様に頼むような事ではないと思うが、笑って絵馬を戻す。


「コトハ様、これを 」


「げっ!!またこんな願い事を…神社ここ便利なんでも屋じゃないっての」


ハルから渡された絵馬は黒い靄が立っていて、明らかに他の絵馬とは違う。


─ " ×××が早く死にますように "


そうだ。こういった人間の強すぎる感情は穢れになることがある。別に駄目なわけではないのだが、放っておくと少しずつ増えていくから厄介だ。


だから、願いを叶えてあげることは出来ないけれど、ちょっとでもこの人の気持ちが穏やかになるのを願って私は今日も榊を振る。榊についた水滴が絵馬に染み込み消えていくと、黒い靄も自然となくなっていた。


「よし、これでここは大丈夫。ん?なんだかあっち騒がしいね」


声の聞こえる方に向かうと、バイクに跨がり電話をする男がいた。騒がしいのはこのエンジン音というわけか。


『おい、今日は開店待ちすんだろーが。

はいはい、わかったよ 今から迎えに行くわ』


「わっ!あっぶなー!!

しかも火がついたまんまじゃん!」


男が投げた煙草の吸殻がトウのすぐ足元に落ちた。ハルが引っ張り間一髪避けたものの、転がったそれからは今だ煙が立ち上っている。

コトハは男が去るのを見て拾おうと屈むと、背後から声がした。


『待てよ オッサン、忘れてんぞ。』


『あぁ?なんだよ お前、文句あんのか?』


青年はボストンバックを地面に置いて、吸い殻を摘み男へ差し出す。


『アンタ 恥ずかしくないのか?いい歳して。


ガキの前でよくできるわ…こいつの方がよっぽどしっかりしてんじゃねぇーの?』


そう言うと青年は空いた左手で私の方を指したのだった。

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