第2話 水神様は寝起きが悪い



─ 春眠暁を覚えず


まさにこの季節にピッタリの言葉だ。

夜風はまだ少し冷たさを感じるが、俺はこのぐらいが丁度良いと思う。厚めの布団を首まで被ると、自然と瞼が重くなり、いつの間にか昼頃まで寝入ってしまうのだ。


いや、そのはずだった。


容赦なく布団は剥がされて、開かれた襖からは身が滅される程の朝日が差し込む。夢の水底から、一気に胸ぐらを捕まれて引き上げられた感覚だ。不機嫌にならない筈がない。

だがコイツは毎日毎日、俺とは真逆のテンションでやってのける。


「水神様、寝過ぎですよ!

もー お日様もあんなところに…きっと お寝坊さん って笑ってますよ」


コトハに脅しなんてのは効かず、ズルズルと引こづられるようにして、居間へと連れていかれた。


「はい、水神様 お茶です

今日のお味噌汁の具、当ててください 」


こっちの機嫌フル無視で、勝手に恒例の中身当てクイズが始まる。無言で熱湯にちかい茶に口をつけるが、案の定熱くて啜れない。


「……蓬だろ。

あと、茶は沸かすなって何度言えばわかんだアホ」


「さすが水神様です!正解です!!


え!?熱かったですか?ごめんなさい!!今冷ましますね」


俺の湯呑みを手にとって、所謂″ ふーふー冷まし ″は正直可愛すぎると思うが絶対に口にはしない。逆に睨みを利かせるぐらいの勢いで無言で食べ進めていく。


「ごめんなさい、水神様…多分もう大丈夫だと思います 」


「今度から気を付けろ。漬け物、昨日も大根じゃなかったか?それと分厚く切りすぎだ もっと薄くしろ」


そう言うと、俺は答えも聞かずに立ち上がって自室へと戻る。元々早食いだったが、コトハを拾ってから早さに磨きがかかってしまった。

というのは言い訳で、本当はあれ以上ポーカーフェイスを保てなかったのだ。


自室に戻ると服を着替えて庭に出る。


大きな池には綺麗な湧き水がわいて、穢れひとつ感じられない。いや、ここはどこもそうである。

この、″ 水神 ″ の清める場所なのだから、もし穢れてしまえばそれはこの ″ 水珠埜みたまの神社 ″の終わりだ。


その湧き水を桶に汲んで辺りに撒くと、キラキラと光って一際空気が清んだように見えた。満足げに見つめていると後ろで小さく鈴の音が聞こえる。振り返るとコトハが柱からじっと見つめていた。


「おい、何してる。

準備できたんならさっさと行くぞ」


「は、はい!!只今!」


コトハが走ると髪飾りの鈴が忙しく揺れる。それが近づいてきて、丁度俺の隣で止まった。それを合図に鳥居に手を触れ言う。


「 ─ 水珠埜神門 今 此処に 結べ 」


鳥居の中心に、空気中から光が集まり渦を巻く。それはいくつもの水の珠で、ひとつに結合し大きな円となった。


「いつ見ても 綺麗な光景ですね、水神様」


「ふん、ほら行くぞ」


隣に立つコトハは同じぐらい目を煌めかせていて、頬が緩みそうになるのを必死で堪える。顔を見られないよう足早に鳥居をくぐると、慌てたコトハが体勢を崩して腕にしがみついた。


「ご、ごめんなさい、水神様!!」


もうダメだ。


やっぱり今日もウチの神使コトハは可愛すぎるようだ。




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