第30話 待機

「とりあえず、ポールはレヴィに運んできてもらうことになった。……俺が見た時には平気そうだったが……思ったより、弱ってんのかもしれねぇな」


 レニーの説明に、ヴァンサンがゴクリと息を飲んだのが聞こえた。


「その……死者でも、死ぬことは……あるんですか」

「死ぬ、とはまた違うが……消滅することはあるだろうな。もっとも『正しい死のことわり』がどんなのか、俺らにもよく分かっちゃいねぇがよ」


 ヴァンサンは「そうですか……」と呟き、ちらりとあたしの顔を伺う。

 ポールに残された時間が少ないなら……悠長にしている暇はないのかも。……だけど、焦っても良くないってわかる。


「レヴィを待とう。……その間、今後について話し合えばいいし」


 ぐっと拳を握り締め、レニーの方を見据える。

 レニーはにしし、と笑い、「俺も賛成だ」と頷いた。


「ノエルちゃーん、どこ行ったー?」


 レオナルドはというと、ノエルを探しているっぽい。

 ノエルの方は、すごく見えにくい状態……霊体? のまま逃げるように部屋を移動し回っている。


「ノエル、いいのかよ?」


 レニーの問いかけに、ノエルはボソボソと呟く。


「……マノンへの『贖罪』に、最後まで耐えられなかったもの」

「んなこた、アイツは気にしねぇだろ」

「気にするか気にしないかじゃないの。半端な仕事で慰められることに、意味なんかないわ」

「……へいへい。なら、次は頑張んな」


 レニーの励ましに「言われなくても」と語り、ノエルはまたそそくさとレオナルドの方向から離れていった。

 なんだろう。殺人鬼のはずなのに、ちょっと可愛く見えてきた。




「オリーヴ、ヴァンサン、大したことじゃねぇんだが……ちっとばかし気になることがあってな。この機会に、聞いておいていいかい?」


 ノエルと話し終えたレニーが、今度は私とヴァンサンに話しかけてくる。


「いいよ。話せることなら話すし」

「あんがとよ。さっそくだが……ビアッツィ・ファミリーって名前に、聞き覚えは?」


 レニーの問いで、ヴァンサンの身体に緊張が走る。

 私が告発したポール、およびヴァンサンの母親は、壊滅したマフィアの愛人だった。

 そのマフィアの名が「ビアッツィ・ファミリー」。そんなに珍しい姓でもなさそうだし、偶然だと思っていたけど……まさか、レニー達も関係者なの?


「つっても、俺とレオは物心着く前にさらわれちまってよ。気が付いたら浮浪児だった。だから、なーんも知らねぇんだよ」

「……大変だったんだね」

「ま、終わったことさ。……だだ、自分のルーツってのを知っておけば、手札は増える。『何者か』ってのをどれほど自覚できるかってぇのは、霊魂にとっちゃ大事なことだ」


 なるほどね……生者は肉体が存在する限りそこに「る」ことになるけど、死者はそれが曖昧あいまいだから、自我の補強が必要なんだ。

 ヴァンサンは気まずそうに冷や汗を書いている。そういえば「野蛮な血」とか言っちゃってたし、血縁者かもしれないってのはなかなか気まずい……。


「……私も……その、父の組織については何も……顔すら、よく覚えていませんし……」

「オリーヴはどうだい? 調べたんだろ?」

「ビアッツィ・ファミリーについてはそこまで触れてないかな……。マフィアにまで突っ込みすぎると、さすがに危ないし」

「んじゃ、調べたことだけでいいぜ。復讐した相手は、愛人で情報もそれなりに知ってる奴だったんだろ?」


 エメラルドの瞳が、情報を探ろうと煌めく。

 これ、記者として……どこまで教えていいのかな。その情報は、事件解決に必須じゃないだろうし。

 ……あれ? おかしいな。記憶がまた変になってる……?


「名前が……思い出せない……」


 ポールの母親の名前なんて、思い出す必要もなかったから気付かなかった。

 記憶は戻ってきたはずなのに、まだ抜けている部分があるの……?


「……干渉の名残かもな。ヴァンサン、お前さんは覚えてるかい?」

「少なくとも……有り触れた名前でした。グレース、だったかと」


 そう、そんな名前だった……気も、する。

 あれ……どうしてだろう。そこだけぽっかりと穴が空いている。これ……ポールを忘れていた時と、まったく同じ……?

 ってことは、レニーが言う通り、干渉を受けてた名残かな……?


「グレース、ねぇ。ま、何もわからねぇよりゃマシか。変なこと聞いてすまねぇな」


 レニーは肩をすくめつつ、未だにノエルを探しているレオナルドの方を見る。


「んじゃ、引き続きレヴィとポールを待っててくれや」


 そう言い残して、レオナルドの方へと向かっていった。


「兄弟! 手伝ってやろうか?」

「おっ、マジ? 見つかんねーし、マノンちゃんとこ行くかーって思ってた」


 やっぱり、兄弟といる時のレニーは楽しそう。生き生きしてるし。……いや、死者なんだけどね?


「…………女なら誰でもいいのね…………」


 ノエルがなんか呟いてる。面倒臭いなぁ、この人……。




 少し時間が経つと、ヴァンサンは次第にそわそわ落ち着かなくなっていった。

 歩き回ったり、うずくまったり、爪を噛んだりしている。


「……や、やはり……あにに会わなければいけませんか……?」


 うーん……すっかり怖気付いちゃったなぁ。


「あの人は……その、多重人格なのです。貴女の知らない側面が……」

「で、もう一つの人格はどんな感じなの?」

「それは……その……ええと……」


 ヴァンサンはまた、具体例の上げられないポール像を語る。嘘をついているつもりはないだろうし、虚言癖……っていうよりは、妄想癖かな。

 苦しいこと、苦しかったことに理由を付けようとして、しくじりまくってるように見える。……それも、虐待の後遺症なんだろうけどね。

 仕方がないとはいえ、ポールの悪口は良い気分がしない。テキトーにあしらっておこ。




 その時だった。

 どこかから銃声が鳴り響き、脳髄を揺らすかのように、「直接」叫びが反響する。




 ──やめなさい! コルネリス、マノン!


 ここで争ってはなりません。如何なる理由があれ、手段に暴力を用いてはなりません……!!

 目的を語りなさい。相容れなくとも語らいなさい。けして、争ってはなりません!!

 



 意識を揺さぶられる感覚が、気持ち悪い。

 レニーが急いで扉から出ていくのが視界の端に映る。


「……とと、ついて来な! お前さん達だけにするのも不安でよ!」


 レニーの指示に従い、私達も走り出した。

 いったい、何が起こってるの……?

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