第20話「殺人デザイナー」

「死者から生者への干渉はダメなんじゃなかったの!?」


 あたしのツッコミに、レニーは苦笑しつつ答える。


「こいつの場合、色々超越ちょうえつしてるからな」


 その言葉に、ノエルも頷く。


「……そうね……レオ様に人間の理屈は通用しないわ」

「どういうことなの!?」


 よく分からないけど、状況が混沌としてきたのは分かる。

 まさかここ、変な人たちしかいないの……!?


「そう……レオ様は、人の身でありながら神の域に近付いてる」


 ぽっと頬を染め、ノエルはうっとりと呟く。

 その姿は、まるで恋する乙女のよう。


「頑張って耐えたら、褒めてもらえるかしら」

「おいおい、ほんとにレオで良いのかよノエル。ソイツどっちかって言うと不潔だろ」

「人間をやめてしまえば、汚いなんて概念すらなくなるわ」

「…………そ、そんなモンかねぇ?」


 レニーもついていけなくなってきたらしい。

 マノンは黙って様子を見ていたけど……やがて、表情を嫌悪に歪ませ、


「気持ち悪い」


 吐き捨てるように言った。


「あんたみたいなのが、愛を語る? 笑わせないでよ」


 その言葉に、ノエルは弾かれたようにマノンへと掴みかかり……がくりと膝を折った。

 途端に姿が変わり、先程よりも筋骨隆々な、せた金髪の男が現れる。


「怒っちまったっぽいし、帰ってきたぜ」


 まだ頭から血を流しつつ、レオナルドはケロリと言い放った。




 ***




 マノンはまだ納得していないみたいだけど、レニーやキースにたしなめられて渋々拳を下ろした。

 ノエルは危険だからと、まだレオナルドの意識の奥に閉じ込められたままらしい。


「……私も熱くなりすぎたね」


 マノンは大きくため息をつき、目を伏せる。


「友達について、聞きたいことがあったのに……ついついカッとなっちゃったし」


 自嘲気味に、マノンはレニーの方へと笑いかけた。


「付き合ってもらっちゃってごめん」

「……ま、どうせボコボコにされて当然の人殺しどもだ。憂さ晴らしになったんなら何よりだぜ」


 やれやれと首を振りつつ、レニーはふっと真面目な表情をつくる。


「でもよ、『カマ野郎』は良くねぇぜ。アイツは確かにどうしようもねぇクズだが……それなりに色々悩んで生きて死んだんだ」

「……でも、罵られて当然のクズでしょう?」

「まあ、そうさな。だが、その罪にアイツの性別は関係がねぇ。……許してやれとか、理解しろとは言わねぇがよ」


 マノンは納得できなさそうに、「……そう」と呟く。

 どんな事情があれ、マノンは被害者で、ノエルは加害者だ。マノンの気持ちも、何となくわかる。

 だけど、それでも侮辱してはいけない部分がある……というのも、分からなくはない。


「お? ノエルちゃんは結局女のコ?」

「てめぇの頭じゃ理解できねぇだろうが、その認識で頼むぜ」

「へーい」

「……何はともあれ、落ち着いたみたいで何よりだ」


 兄弟は呑気に語らい、キースはその横でため息を漏らしている。


「……ちょっと疲れちゃった。他に部屋とかはない?」


 マノンは大きく深呼吸をし、きょろきょろと辺りを見回す。


「教会のつくりを真似てんだから、あるだろうな」

「わかった。適当に休ませてもらおうかな」

「おうよ。レオ……は、寝てんのか。ま、エリザベスが見張ってるはずだし、一人でも問題ねぇだろ」

「それでいいよ。……むしろ、一人になりたい」


 マノンが部屋を去り、私達はその後を見送る。レオナルドはレニーの言う通り、長椅子の上でいびきをかいていた。


 ……と、教会の隅で、影が動く。息を殺していたのか、その派手な外見に今まで気が付かなかった。

 一人の青年が、壁際にうずくまっている。年齢は分からない。

 青い髪に、赤色のメッシュ。耳にはいくつものピアスがつけられていて、唇にも二つほどピアスがある。瞳の色は、サングラスで覆われていて不明。

 ジャケットの下から覗く胸元には、タトゥーのような模様も見て取れた。


 見覚えがある。


 外見は以前よりも派手になった。……でも、ファッションセンスは変わらない。


「……もう、終わりましたか……」


 ポールによく似た声音。

 派手な外見に似合わず、物静かな口調。


 間違いない。彼が、ポールの弟だ。


「……レニー、彼が?」


 キースの声が聞こえる。レニーが静かに頷いたのも見える。


「トーマス・ヴィンセントって、本人は名乗ってるぜ」

「英語名……本名はヴァンサン・トマでいいのか?」

「たぶんな」


 フラフラと、足が勝手にヴァンサンの方へと向かう。

 何を言えばいいのか分からない。言葉が、何も出てこない。


「……。何ですか……」


 ヴァンサンはうずくまったまま、呟く。

 サングラスに覆われた瞳は、どこを向いているのかよく分からない。


「私に……何か、用ですか」


 声が。

 声が、あまりにも、ポールに似ている。

 愛しい人に似た声で、愛しい人を殺した相手が、話している。


「気をしっかり持ちな」


 レニーの声で我に返った。

 ぐちゃぐちゃの感情をどうにか押さえつけ、私は、言葉を紡ぐ。


「どうして、ポールを殺したの」


 そこで、ようやくヴァンサンは私の方に顔を向けた。


「……ああ、貴女……あにの……」

「答えて。……どうして、ポールを殺したの」


 沈黙が続く。拳が震え、息が乱れる。……気を抜けば、掴みかかってしまいそうだった。


「母は」


 その言葉は、あまりに唐突に思えた。


「母は、あねの肉体を完璧だと言いました」


 ヴァンサンは無表情のまま、淡々と続ける。

 私を見ているのか、見ていないのかも、分からない。


「そして、私の肉体を……おぞましいと、言いました」


 変わらず淡々と、抑揚よくようのない声で、続ける。


「……私が愛されなかったのは、彼女かれのせいです」


 それでも最後の一言は、確かな嫌悪と憎悪を持って吐き捨てられた。


「……ッ、ポールは……」


 落ち着け。

 冷静になれ。

 感情を、乱されるな。


「ポールは……あなたを、救おうと……」


 声が震える。

 上手く、言葉が続かない。


「……貴女は、……何も、理解していない」


 ゾッとするような冷たい声で、ヴァンサンは、


「貴女の恋人は、いずれ、貴女を傷つけました」


 再び、淡々と続ける。


「私の母が……あの女がマフィアの関係者だと告発したのは、貴女でしょう。……そのことには、感謝しています」


 うるさい。

 私は、感謝されるためにやったんじゃない。


「父はマフィアとして人を殺し、殺されました。その野蛮な血が、我々には流れているのです」


 私は、私は確かに、ポールの母親を告発する記事を書いた。壊滅したイタリアン・マフィアの幹部の愛人であり、敵対組織に情報と肉体を売ることで残党狩りの憂き目を逃れた、と……。

 既に再婚していた彼女は私の記事に対して訴訟を起こし、撤回を求めた。

 結果、私は賠償金を支払い、彼女は組織の残党に怯えて別の国へと移住した。


「……血がなんだっていうの……」


 親は親だ。ポールには何の関係もない。

 少なくともポールはいつだって穏やかで、優しい人だった。


「あの人が……いえ、私達が……私達のような欠陥品が、真っ当に他人を愛せるわけがありません」


 ヴァンサンは自虐しながらも、ポールを貶める。


「逃げられた貴女は……まだ、幸福でしょう」


 やめて。

 それ以上、喋らないで。

 ポールにそっくりな声で、ポールを侮辱しないで。

 手を振り上げようとして、堪えた。


「……わざと怒らせているようにしか見えないな」

「こういう手合いは、殴られたところで痛くも痒くもねぇぜ。むしろ、殴った方に精神的なダメージが行く」


 キースとレニーが、私の思考を代弁する。……レニーの冷静な分析に、熱された感情も少しは冷えていく。

 サングラスの奥から視線を感じる。

 私が睨み返すと、ヴァンサンはふっと顔を逸らした。


「どうぞ、殴ってください」


 再び床に視線を落とし、ヴァンサンはぼやくように言う。


「……私は、そういう人間なのです」


 その声は、やっぱり、ポールとよく似ている。

 小刻みに震える肩が、いつかのポールを思わせる。

 姿も性格も、全然似ていないのに、似ている。


「憎むのも、嫌うのも構いません。お好きになさってください……」


 気持ちがぐちゃぐちゃで、考えがまとまらない。

 それでも、必死に言葉を捻り出した。


「……私が理解してないって言うなら、教えてよ。ポールがどんな人間だったのか……あなたにとって、どんな存在だったのか」


 たとえそれが、知りたくもないような、知らない方がいいような事実だったとしても……この闇の先に進むには、情報を集めていくしかない。

「敗者の街」に起きた問題を突き止め、無事に帰るためにも、……ポールとの恋に決着をつけるためにも、必要なことだ。


 ヴァンサンは俯いたまま、ぽつりと呟いた。


「あれは、嘘つきの偽善者です」


 嫌悪の滲んだ口調で、ヴァンサンは語る。


「けれど……ええ、分かっています」


 それ以上の嫌悪が、彼の表情を歪ませる。


「それでも私に比べれば……よほど、善良で美しい人でした」


 ヴァンサンはそれきり、何も語ろうとしなかった。


 ──オリーヴ


 ポールの声が、脳裏に蘇る。


 ──美しさって、何だと思う?


 どうして……今、そんなことを思い出すんだろう。

 思考も感情も置き去りに、懐かしい記憶が私を過去へといざなった。

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