第19話 罪過

「ポール・トマから貴様への干渉はなくなった。いずれ、すべてを思い出すだろう」


 レヴィの言葉を思い返しながら、何をするでもなく、うなだれる。

 ポールは「生者への干渉」が認められたとして、レヴィに連れられていった。どんな罰則があるかはまだ分からないけれど……「敗者の街」に異変が起きているのもあって、色々聞かなきゃいけない、とも。


 ぼうっと建物内の椅子に座っていると、キースが姿を現し、飲み物の入ったカップを差し出してくれる。

 ……でも、ここ、言ってしまえば「死者の世界」なんだよね。飲んだり食べたりしても大丈夫なのかな。


「これ……飲んでも平気?」

「……ああ、安心してくれ。実体はないから害もない。でも、『飲んでる感覚』は味わえるよ」

「……ふぅん……」


 ここは、キースの記憶や想いによって形作られた空間……なの、かな。どんな場所か、と聞かれたら説明には困る。ただ、「ここは警察署なんだ」と、なぜか納得できてしまう。……ってことは、キースは警官なんだろう。

 で、あたしが差し出されたものを……例えるなら「コーヒーである」と認識したらコーヒーを飲んでる感覚を「錯覚できる」と。


「……君の罪は現実世界で既に裁かれているようだし、レヴィも言った通り、死者である僕達が首を突っ込むことじゃない」


 俯いたままの私に、キースは語りかけてくる。


「僕の仕事は変わらない。真実が判明し……君が無事に帰れるまで、護衛させてもらうよ」


「うん」と返し、コーヒーに口をつける。

 ポールは、私に自分を忘れてくれと言った。……おそらくは、私自身のために。私を、守るために。


 ──きみの恋人は幸せ者だ


 ポール。あなた……何を思って、そんなことを言ったの?


「……許せない」


 どす黒い怒りが胸の内に渦巻く。

 ポールは、殺されたんだ。しかも、母親から守ろうとした弟の手で。

 そして、その弟は私に虚偽の説明をして逃げた。……罪を隠し、平然と暮らしていたんだ。

「許せないよ」


 キースは黙って私を見つめ、


「復讐、したいのか」


 静かな声で、そう聞いた。


 ──救いたかった


 また、ポールの言葉が脳裏に蘇る。

 志半ばであんな殺され方をして、それでも、ポールが弟を恨んでいるようには見えなかった。


「…………」


 キースの問いには、上手く答えられない。

 どうすればいいのか、私には分からない。

 でも……


「会って話したい、とは……思うかな」


 どうしてポールが殺されたのか、知らないままじゃ納得できない。


「分かった」


 キースは頷き、私に手を差し出した。


「迷い込んだ生者達は、今、一箇所に集められている。君も合流するといいよ」

「……マノンやレオナルドもいるってことだね」

「そうだ。もし何かトラブルが起こりそうでも、僕が止める。安心して欲しい」

「分かった。ありがとう」


 私が立ち上がると、キースは敬礼をし、先導するように歩いていく。


「コルネリス・ディートリッヒだ」

「え?」

「僕の本名だよ。別に、知られてもどうということはないけれど……仕事の時は、なるべく『キース・サリンジャー』でいたいんだ。……戒めとしてね」


 歩きながら、キースは語る。

『敗者の街』に書かれていた二人の警官の話を、思い出す。キースは片腕でもなければ生者でもない。……となると、彼の犯した罪はなんとなく想像がつく。


「君の行いは正しいとは言い切れないかもしれない。……だけど、僕個人の感想としては……決して、間違ってはいなかったと思うよ」


 ずきん、と胸が痛む。

 間違っていない。キースのように言ってくれた人は少なくないし、私だって、そう思いたい。

 だけど……私は、ポールの答えを聞きたかった。


 ……まあ、あの涙を見れば、明白かもしれないけどね。


 建物が融けるように崩れ、私たちは再び闇の中へと帰ってくる。

 キースの姿を見失わないよう後ろを歩き続けていると、ぼんやりと光る地面が目に入った。


「そこに立ってくれ」


 指示されるまま、上に立つ。

 光が私を包み込み、「誰か」の声が思考に染み込んでくる。


 ──誓いなさい


 生者は剥き出しの激情に身を委ねず、安らかな祈りと共にあれ

 死者はどのような悔恨があろうと、生者の理を歪めることなかれ


 ──誓いなさい


 けして争ってはなりません


「これは……?」


 隣に立つキースに尋ねると、「うーん……」と唸りつつも説明してくれる。


「規則、というか、なんというか……。……意味があるかどうかは分からないけどね」

「……ふぅん?」


 何はともあれ、透き通った声に導かれるよう歩を進めていく。

 静謐せいひつな気配が当たりを満たし、ぱっと視界が開け、目の前に彫像らしき影が現れた……かと思うと、


「っ!?」


 背の高い男性が吹っ飛んできて、目の前の彫像にぶち当たった。頭から血を流し、男性はよろよろと彫像を支えにして立ち上がる。

 これは……聖母子像? もしかして、ここは教会……?


「……ねぇ、レニー。本当の本当に、やり返すのは『ナシ』なのね……?」


 男性はギリギリと歯ぎしりをしつつ、額から流れる血を拭う。

 視線の先には、見覚えのある少年の姿。


「こんなに恥をかかされて、こんなにボコボコにされて、それでも私からは手出し無用ってわけね……?」

「まあお前さんが悪ぃからな」


 男性の言葉に、レニーはさらっと答える。


「それに、お前さんがやり返しちゃシャレにならねぇよ」

「私が何をしたって言うのよ。誰かしらを代わりに殺してやっただけでしょ」

「ほらな、やらかしてんじゃねぇか」


 男性はグレーの瞳を、今度は少年の背後に向ける。

 マノンが満面の笑みで、拳を握っているのが見えるけど……もしかして、彼女が殴ったのかな。


「今なんつった?」


 マノンのこめかみには血管が浮いている。

 そういえば、復讐相手を探してるんだったっけ……。


「『何をした』……ねぇ? サイコ殺人鬼がよく言えたもんだよ」

「はあ? あんた恩恵もらった側でしょ」

「潰すぞクソ野郎」

「……嫌ね。下品な罵倒ばかりじゃない」

「うるっせぇお高く止まってんじゃねぇぞカマ野郎が!!!」


 カマ野郎と呼ばれ、ノエルの瞳孔がかっと開いたのが見える。……地雷、踏まれたっぽい……?


「……レニー」

「何度も言ってるが、ノエル。どう考えてもお前さんが悪ぃ。贖罪だと思って耐えな」


 なんだろう、この状況。さっき、「争ってはなりません」って言われたはずなんだけどなぁ……?


「レニー、焚きつけずに止めるべきじゃないのか?」


 キースが呆れたように言う。

 それに対し、レニーは渋い顔で答える。


「つってもよ、そこのお嬢さんはノエルをボコボコにでもしなきゃ満足しねぇだろ」


 マノンの方を見ると、まだ殴り足りないらしくパキポキと指の関節を鳴らしている。

 それでも、キースは負けじと主張する。


「確かに、ノエルはどうしようもない罪人だ。だけど無条件でサンドバッグにするのはさすがに……」

「なんでも、殺したいほど憎い相手について愚痴ったら勝手に殺されて、うっかり隠蔽いんぺい工作しちまって前科持ちになったんだとか」


 キースの言葉を遮り、レニーは心底かったるそうに説明する。

 レニーの説明を引き継ぎ、今度はマノンが叫ぶ。


「しかも勝手に自供されたってオマケ付きだよ……! 死に晒せイカレポンチがッ!!!!」

「……それは……殴るくらいは妥当かもしれないな……」


 事情を聞き、キースは大人しく引き下がった。

 うーん……それでいいのかなぁ……?


「そもそもノエルには肉体がないはずだ。どうやって……」

「兄弟に憑依させた。レオの野郎、『女のコのためならしゃーねぇな!!』ってよ……イイ心意気だろ?」

「…………死なせないようにな…………?」

「大丈夫だろ。レオだし」


 なんかとんでもないこと聞こえたけど、ほんとに大丈夫かなー!?

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