第12話 side: Robert

 レヴィくんへ


 色々と大変そうだけど……大丈夫?

 無理をする前に頼ってね。僕にできることなら手伝うから!

 仕事も休暇を取ったよ。なんだか、前のことを思い出して懐かしいね。……なんて、呑気すぎるかな?


 ほんとに僕は大丈夫だから、いつでも頼ってね。返信、待ってるよ!


 ロバートより




 ***




 レヴィくんにメールを送って、大きくため息をつく。

 同じ部屋にいるロッド義兄にいさんの方を見ると、青ざめた表情で何度も何度もスマートフォンを操作していた。

 もう片方の手では、しっかりと眠ったままのアン姉さんの手を握っている。


「……アン姉さん、なんて?」


 兄さんか姉さん、どっちで呼ぶか未だに悩むけど、本人に聞いても「どっちだっていいよ」と言われるし……ロジャー兄さんと区別するためにも、最近は「姉さん」と呼ぶようにしている。


「一回帰るかも……ってよ」

「それなら良かった……ずっと寝たままだと、さすがに心配だもんね……」


 ベッドの脇に寄り、姉さんの顔を覗き込む。

 顔色はあまり良くないけど、血の気が完全に失せているわけでもなくて、少し安心した。


「……でも……『扉』だっけ。気になるよね」

「起きることでこっちへの侵蝕しんしょくが強まるんなら、それはそれで不安だしな……」


 いざとなったら、また僕が乗り込むのも……なんて考えていると、姉さんの目が開いた。


「あ……! 姉さん、おはよう。大丈夫?」


 ぼんやりと虚空を見つめる瞳は、なかなか焦点が合わない。


「アン、どうした? 何かあったのか?」


 ロッド義兄さんの声かけで、ターコイズブルーの瞳が見開かれる。


「……アン?」


 アン姉さんは視線をさ迷わせたまま、シーツをキツく握り締め……叫んだ。


「…………ッ、来るなッッッ!!!」

「姉さん!?」


 僕が走り寄ると、ロッド義兄さんは手で制し、「良いから」と言った。


「アン、俺だ。……あの人じゃねぇ」

「…………ろっ、ど……?」


 見開かれた瞳の焦点が、じわじわとロッド義兄さんの方に合っていく。

 姉さんは一瞬、安堵したように、ふわりと笑った。


「……ぅ、ぐ……ッ、いた、痛い、痛い痛い……痛いぃい……ッ」


 悶えるアン姉さんの背を、ロッド義兄さんは優しくさする。

 がたがたと震えながら、姉さんは義兄さんに縋り付き、しばらく慟哭どうこくしていた。


「……ごめん、取り乱した」


 ……数十分後にようやく話ができるようになったけど……様子が様子だったし、心配すぎる。


「さっきの……『向こう』に行ってきたから……?」

「いや……ちっとばかし派手だったが、あのくらいのフラッシュバックなら珍しくもねぇ」

「……!! そ、そっ、か……」


 分かってたはずだった。

 姉さんは生きて帰ってきたけれど、過去に負った傷がなかったことになったわけじゃない。……むしろ、これからも重荷を背負って生きていかなきゃいけないんだ。

 分かっていたはずなのに……こうして目の当たりにすると、どうしても胸が痛む。


「……俺が帰ったことで『扉』に変化があったかどうか、向こうで調べてくれると思う」

「連絡待ち……ってことだね」


 僕の確認に、姉さんは「そうだな」と呟いて、ベッドにぽすんと横になった。


「ゆっくり休め。疲れたろ」


 ロッド義兄さんがタオルを持ってきて、姉さんの汗ばんだ額を拭う。


「ん……ありがと」

「……ごめんな、あんまり出来ることなくて」

「そういうの今いらない」

「わ、悪ぃ」


 ふいっと顔を背けつつも、姉さんは、


「…………また……手、握って」


 少しだけ頬を赤らめて、そう言った。

 ……ふぅーーーん????


「ろ、ロバートてめぇ、なにニヤニヤしてんだよ……!!」

「んー? なんのことー??」

「つ、つか、手ぇ握るくらい誰でもできるだろ」

「……ロッド以外やだ」


 ダメ押しの一言で、ロッド義兄さんは頭から煙が上がりそうなくらい真っ赤になった。

 お幸せに。


 ……と、メールの着信音が響く。

 画面を見ると、「Levi」の四文字が目に入った。


『ロバート。巻き込んで済まない。

 色々と考えはしたが……やはり、お前たちの助けが必要らしい。』


 そんな前置きから始まる文面だった。


『マノン・クラメール、そしてポール・トマについて『そちら』で調べられることがあれば、調べて欲しい。オリーヴ・サンダースについてもだ。……彼女の場合は特に、失われた『恋人』についての記憶が重要そうにも思える。』


 レニーさんから報告がきていた部分と合わせると、まあ、妥当かなと思える要請だった。


『任せておいて。こっちで出来ることは頑張っておくから!』


 メールを送ると、短く『助かる』との返信。

 ……うん、こうやって頼られるのって悪くないな。


「レヴィくん、僕たちに調査して欲しいって!」


 僕が二人にそう言うと、姉さんはベッドに横たわったまま「ふーん?」とニヤついた表情を向けてきた。


「……姉さん……なんか、楽しそう?」

「さぁ? 何のこと?」


 僕たちの様子を見ていたロッド義兄さんが、呆れたように、


「姉弟だな……」


 と呟いたのも聞こえる。えっ、何? どういうこと?


「……調査か……。気になる点と言やぁ、あのオリーヴが死んだ恋人のことを忘れるってのはよっぽどだな」


 ロッド義兄さんが本題を切り出す。ちなみに、アン姉さんの手はしっかり握ったままだ。


「恋人の名前とか、聞いてない?」


 アン姉さんがロッド義兄さんに問いかける。


「……それが……オリーヴの本名自体、知ったのが最近で……」

「そっか。ハンドルネームでやり取りしてたってことだね」


 僕の言葉に、ロッド義兄さんは「おう」と頷く。

 どうやら、本名を教えあっていたキース・サリンジャーほど仲が良かったわけじゃないらしい。まあキースも正体はブライアンだったわけだし、本名じゃなかったんだけど……


「……ハンドルネームって?」


 アン姉さんが怪訝そうに眉をひそめる。

 調子が戻ってきて恥ずかしくなってきたのか、繋いでた手をそっと離したのが見えた。


「インターネット上でやり取りする……まあ、あだ名みたいなもんだな」


 ロッド義兄さんは名残惜しそうに自分の手を見つつも、質問には普通に答える。


「へぇ……そんなのあるんだ」


 姉さん、インターネットとか使うの苦手なのかな……。15年以上寝てたわけだし、仕方ないか。


「言っとくけどロバート、アンはパソコンの方なら俺より使いこなせるからな」

「いや聞いてないんだけど」


 僕たちの会話で何かひらめいたのか、姉さんは「あ」と声を上げ、起き上がった。


「ロッド、サンダースさんとのやり取り見せて」

「……ログにヒントがある、か。有り得るな」


 ロッド義兄さんはすぐさまノートパソコンを取り出し、チャットをしていたソフトを立ち上げる。


「うーん……でもそういうの、履歴が消えるのも早いんじゃないかな……」


 新しく会話したらどんどん遡りにくくなって行った気もするし……さすがに数年分のデータってなると厳しい気がする。


「たぶん、パソコンの中にも残るはず。最後に買い換えたのはいつ?」


 姉さんの問いに、ロッド義兄さんは渋い顔をする。


「……5年前、だな……」


 5年分、か……。

 恋人の話題以外にも色々話はしてるだろうし、まあ、ある程度の情報は掴める、かな……?


「えーと、ローカルディスクの……フォルダは……オプションいじって……あ、ここかな」

「……姉さん、そういうのいつ覚えたの?」

「……いつだったかな……」


 やっぱり不思議だなぁ、この人。


「……新しい原稿がない時に、部屋の本読んでてくれっつってたしな」


 ロッド義兄さんのぼやきで合点がいった。

 なるほどね、それでパソコンの説明書も読んでて、意識はしてなくても知識にはしてたってことなのかな?

 なんて、僕が考えてるうちに、お目当てのデータに辿り着けたらしい。


「……えーと……なになに?」


 5年分というだけあって、ログの量はそれなりに多い。

 なにか、めぼしい情報があるといいんだけど……

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