第58話「さまよう死者」
「ロバート、気をしっかり持て」
こめかみに冷たいものが当たっている。
銃だ。銃が突きつけられてる。え?なんで?
「……ノエル、不機嫌だからってダメだよ」
カミーユさんは、銃を突きつけた
えっ、ちょ、何? 僕死にかけてる?
「死体になったらきっと可愛い……とでも思ってるんだろうけど、僕の精神的苦痛が………………ちょっと想像したらイけそう……。いやでもやっぱりダメ」
もっとちゃんと止めよう!?
「カミーユさん、今は休め。……その状態は好ましくない」
レヴィくんが慣れた様子で諌める。
「そうだね。……それに、今ならイイもの描けそうだし……」
うっとりと熱に浮かされた瞳で、彼は自らの頭に銃を突きつけた。
不服そうに口を尖らせて、
「何? 描く暇があったら寝てろって? ……最悪……。でも、君のそういう止め方は最高だよ、ノエル」
銃声が響く。ごろりと音を立てて、頭が足元に転がる。
僕の目を覆うように、冷たい手が顔に触れた。
「あまり気にするな。……時折ああなる」
これ……気にしない方が無理だよね……。
***
肩が熱い。焼けるように熱い。
「……銃、弾……?」
なんで撃たれたんだっけ、俺。さっきまで何してたんだっけ。
誰かを見ていたような、そうじゃないような……。
「ああ……くそ、また記憶が……」
俺じゃない「ローランド」がいるって?ふざけんのも大概にしろよ。
「……殺意……」
そうだ。誰かを、殺さなきゃって思ったんだった。
……誰を?何のために?……ほんと、笑えてくるほどボロボロだな。
上等だ。だったらこれ以上壊れる心配もない。
その先に、何があるかは知らないが、とことん足掻いてやる。
「……お、おい、何撃ったんだよ、今」
光の漏れる裂け目から声がする。
近づいてくる足音。
「殺す気で来たんだろ? なぁ」
突っ込まれた手が、鼓膜を小刻みに破りそうな声が、俺を押し潰してくる。
……賭けるしかない。俺の日頃の行いに。
──にいさん
ああ、今回ばかりはありがとう。
「あれ? いねぇ」
「何逃げられてんだよ。らしくねぇな」
***
カミーユさんを置いて移動した先で、思わずうずくまった。
レヴィくんが背中をさすってくれて、色々なものがこみ上げてくる。
「……そろそろ落ち着いたか」
「……胃の中何もなくなった気がする……食べた記憶しばらくないけど……」
そう言えば、お腹が減ってないような……減ってるような……。
「……ああ、お前は生者の方だったな。レオナルドと同じか」
考えてみればカミーユさんも、レヴィくんも、キースも、レニーも……ロー兄さんも……「もう死んでいる」はず。
……生きているように見えるけど、そうじゃない。
「ここでは生と死の境は曖昧だ。場合によっては見分けがつかんほどにな」
「……君は、確か……」
すっと、眉根が寄せられる。
ハンカチを差し出しながら、彼は重い息を吐いた。
「俺は半死半生だ」
「……?どういうこと?」
「呪詛を吐いた死の間際の姿……といった方が近いか。……この場に巣食う怨念……謂わば、「同志」の手により生かされているに近い」
差し伸べられた手を握って立ち上がる。……体温は低いけど、確かに脈打っているように感じる。
「カミーユさんはほぼ死体だが、生者と変わらない姿だろう。……彼にも失った諸々を補えるだけのものがあるからだ。理由は俺と似ている」
そう言えば、レニーやキースには肉体がなかった。
ロナルド兄さんも、影みたいなよく分からない形でいることがほとんどだし……。
……それならあの黒い霧は、既にただの思念と化した死者たちなのかもしれない。
「……俺もそのうち死者となる」
「……え?」
「怨念たちに飲まれて肉体を利用されるか、目的通り秩序を作り出し贄となるか。どちらにせよ、生者の時間は限られている」
時間と空間の歪みにできたこの場所は、カミーユさんの手により本来の世界からは切り離された。
……だけど、そんな大仕事、易々と上手くいくわけがない。きっと、何らかの犠牲がいる。彼の命でも足りるかどうか……。
「……元の世界に戻って、適切な治療を受ける手は?」
「ない。傷は胸を貫通しているうえ、おそらく肺をやられた。……その選択をすれば、無意味に死を迎えるだけだ」
どのみち死ぬのなら、魂をかけてでもやり抜きたいことがある……と、翡翠の瞳が雄弁に語った気がした。
「お前は生身のまま生き抜け。自我も貫いたままここを出ろ」
「その前に、何かを変えてから……かな」
「より良い方向へ、だったか……。それは、
この空間が歪みでなくひとつの世界となり得るのなら、その表現も正しい。
月光が眩しい、目に痛い。
「……僕は、元の世界って意味で言った」
「俺はどちらもだ。この場所に秩序を与えることが、そちらの世界の荒みを軽くすることにも繋がる。……それが大罪だとしても、俺は……」
彼の血筋は、歴史の嘆きを見てきた。
僕の血筋は……きっと……。
「ともかく、この試みがどうであれ……お前はここから出て伝えろ」
「……君たちのことを?」
「ああ。……そして、頼みがある」
夜空にひとつ、星が流れたような気がした。
「決して美化するな」
絞り出された声が、叫びにも思えた。
「レヴィくん、もうじゅうぶん綺麗だから……難しいかも」
「……おい、からかうな」
でも、僕は、生きて欲しいと思った。
……思ってしまった。
「……ロバート。お前の話を聞いても構わないか?」
「え、たぶん面白くないよ?」
「それは俺が判断することだ」
何から話せばいいのかわからない、けど……やっぱり、こんな時こそ兄さん達の話がしたくなった。
***
「ローランドくんってさ、嘘つきだよね」
どこかで聞いた声が蘇る。
「何が?」
笑顔で返した言葉を思い出す。
「そもそも自殺すらしてないでしょ。どこからが本当なの?」
そんなの、俺にだってわからない。
俺が知りたい。俺はもう自分じゃ何もわからない。
「……なんで、自殺じゃないって思ったの?」
くそ、腹が痛い。痛すぎて思い出したくない。
「いくら他人からの願いが強くたって、そんな姿で君が存在するのは少なからず生に執着があったからでしょ。まあ、自殺する人間なんて大概ろくな状態じゃないだろうけどさ……。でも、君の場合はきっと違う。もしかして、伝えたいことでもあったんじゃないの?」
……何の意味があるってんだ。もう思い出せないのに。思い出す意味もないのに。
俺の身体に詰まった何かが笑ってる。何かが蠢いてる。裂けそうだ。裂かれそうだ。
ああ、そろそろまずいな。意識が焼き切れる。
あいつにまた会う時は、欠片でも正気でいたいのにな。
「次はハットフィールド」
やっと思い出した。もう、意味なんかない言葉。
……俺の罪はロブと同じ。見て見ぬふりをしたことだ。
──兄さん、話がしたい
ごめん、俺……本当は知ってたんだ。
母さんが隠してることも、それで悩んでることも知ってたんだ。
確かにショックだったさ。確かにキツかったさ。死にたいと思ったことも何度かあったさ。
だけど、だからって、だからってあんな死に方はないだろ。
「次はハットフィールド、次はハットフィールド、次はハットフィールド」
揺れ方がおかしいって、ちょっとでも気づいたんなら言えよって?
事故が増えたことぐらい、ニュース見てたら分かるだろって?
疲れてるとか忙しいとか余裕がないとか、そんなの言い訳にもならないって?
ああ、ほんとだよな。まったくもってその通り。
それでも、それでもだ。
人間だろうが幽霊だろうが積もった負の感情だろうが、人殺しに正義なんかないだろ、クソッタレが。
俺は、兄弟だけは好きだった。死ななきゃ今でも好きでいられた。
「ロッド、呼んだ?」
「あ……っ! ……悪ぃ……呼んじまった」
……あれ?そういや俺、ロッドの姿さっきも見た気がする。
何でだっけ?
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