第14話 題名:2016年 春 Part?
あまり何もできないまま、夏になろうとしていた。街を見て回ってはいたけど、やはり、僕にできるようなことは何もない。
初夏に近づいているのもあるのか、疲労感がいつもより大きい。思わず、ベンチにもたれかかる。今日は、あのチンピラはいない。
「……はぁ」
思わずため息。そんな時、目の前に誰かが立っているのが見えた。いつの間に? と顔を上げると、じーっと青い目でこちらを見つめてる……ええと、どちら様……?
「……どうぞ……」
「え? あ、うん」
渡されたのは、弁当。え?なに?なんで?
「頑張ってる、お礼」
ぺこりとお辞儀をして、その人は去っていった。……不思議な雰囲気の人だったけど、なんだか癒される。
恐る恐るお弁当を食べてみたら、かなり美味しかった。誰だったんだろう、あの人……
でも、少しだけ荒んだ心が癒された。
大して書くことでもない気がしたけど、それでも、すごく嬉しい気持ちだったから書いておく。
「……また、あの街行ったの?」
「うん」
「俺、やっぱり逃げてたらダメかなぁ……」
「逃げたい?」
「無理、罪悪感で死にそう」
「じゃ、だめ」
「うん……」
***
ほっと、肩の力が抜けるのを感じた。
電話先の声音も、いつもよりロバートらしく感じる。
「お前の癒し報告を誰が求めたんだよ……」
『え、いらなかった?』
「めっちゃ欲しかった……」
ロバートの自我が安定してきているのは、文章からもわかる。語り口調が「キース」より堅苦しくない。
『……ロッド兄さん。僕が僕じゃなくなったら、研究室のパソコン代わりに処分してね』
「自分でやれ」
ロバートは歴史学者だが、パソコンにはなにかいかがわしいものでも忍ばせているのかもしれない。……もしかして、エロい画像とか?
それは置いておいて、こんな時に冗談でもなく真面目に言うあたり、こいつの能天気さが伝わってくる。
『……そうだよね。僕が、なんとかしないとだし』
いつものように明るい声で、ロバートは自身に気合を入れた。……したたかな奴だよ、本当に。
「ところで、最後の会話は? 立ち聞きしたとかか?」
『……え、なにこれ。知らない』
結局ホラーだった。……いや、忘れてたわけじゃねぇけど。……忘れたい気持ちも、まあ、あるけど……。
後ろ髪を引かれつつ、その日は通話を切った。
「逃げることへの罪悪感」は、俺にもある。……だが、俺は結局逃げ切れなかった。
忘れることもできず抱えたまま、捨て去ることもできず後ろを向いたまま、俺は、中途半端に生きている。
なぁ、ロバート。お前は前を向いたんだろ?……過去のことなんか忘れて、元気にやってたじゃねぇか。……こんなことに巻き込んじまって、ごめんな。
……なんて、伝えたら「えっ、頭でも打った?」とでも言われそうだ。
背後で物音が鳴る。……ロー兄さんが、またやって来たらしい。本棚から一冊、新作を取り出して渡す。「ありがとう」と笑う、俺の兄代わりだった人は、こんなに綺麗な笑顔を浮かべるこの人は……
そこで、いったん思考を止める。……今は、思い出さなくてもいいことだ。
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