第12話 Leviticus

──祭司が生贄を捧げて贖えば、彼の犯した罪は許される




 脚が熱い。焼けるように痛い。霞んだ視界が、ようやく戻っていく。

 ……は?

 何でこんなに人が倒れて何でこんなに風景がおかしくて何でこんなに部屋が荒れて何でこんなに……酷い臭いが……?


 自分の手をみる。液体がべっとりとついている。何が起こった。何が、ああああ脚が痛い太ももなのかなんだこれはあついあついいたいいたい何でこんなことがわからないわからないなにもかもわからない


 目の前に、警察の人が立っている。そう言えば、目の前にたおれてるのもけいかんで、ああ、冷たい目で、俺を見ている。見て、みている。あの、しせんは、なん、で、なんでなんで、こんな

「……さすがに可哀想…………仕事…………悪く……」

 金属音。そこからはわからない。





「……どう思う?」


 嫌味な芸術家……名前はカミーユとかいうらしい。彼が見せてきたのは、汚い字で書かれた文章。……彼も小説を書くのかと思ったけど、どうにも雰囲気が深刻だった。


「えーと、……精神に異常をきたした人が人を殺しちゃって捕まるところ、とか?」

「……やっぱりそう見えるよね」


 意味深な言葉。気になって意図を尋ねると、彼は苦い顔で告げる。


「どちらが被害者か、情報だけならわからないのにね」

「え?」

「……彼、脚を撃たれてるの、わかる?」


 その瞬間、思い出したのは、「警察が善とは限らない」という、わかりきっていたはずの現実。


「……これ、どういう……?」

「まあ、単なる例文だと思ってよ。……一人の青年の心を、ぼろぼろに破壊し尽くす原理を示してるのかもね」

「……なに、それ」


 以前整理した情報と合わせると、これは、まさか……


「……何で、誰も気づかなかったんだろう」

「わかるわけないよ。……この二人以外、現場には誰も……」


 長い沈黙。ようやく破ったのは、カミーユの言葉。


「わかるわけないのに、彼にもわからないのに……「罪」は彼のものなんだよね」


 きっと、それは、

 地獄と呼ぶのも生ぬるいほどの、苦痛だったに違いない。




「……俺だけは、信じてやるべきだったよ」


 電話の向こうで、アドルフさんはぽつりと呟いた。

 僕は、その辛さと、ほんの少しだけ似た感覚を知っていた。




「とうさん」


 彼が、必死に手を伸ばす先には、父の形見

 ずっと、彼は生きようとしていた。いつだって、諦めずに抗った。それなのに、未来は閉ざされた。……いや、奪われた


 その気持ちは、ワタシたちと同じだ


 なあ、レヴィ。生きたいか?

 壊れるのが嫌なら、何度でも治して……


 何度でも、生かしてやる




 ***




 投稿日時は表示されない。文字化けのような、潰れたような……読めない文字に起き代わっている。

 コピー&ペーストして残そうと、テキストエディタを開く。……と、


『「ロバートくん、久しぶり。……そんなに嫌そうな顔しなくてもいいのに。僕と話すの嫌?」


 クス、と笑って、カミーユは僕を探るように見ていた。……居心地が悪いから、そんなに話したくない。』


 身に覚えのないデータが書き込まれていた。

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