第3話 ある作家の独り言

 ……さて、どうしたもんか。


 カタカタとキーボードが文字を打つ。

「Rod」とハンドルネームが表示され、電子掲示板のトップに書き込んだ文章が表示された。ロデリックの愛称で「ロッド」。まあ、身内からは呼ばれ慣れた名前だ。


 メールで送られてきた怪文書をコピー&ペーストし、情報を書き添える。

 やけ酒でもしたい気持ちだったが、生憎と俺はザルだ。酔えもしないことなんかとっくに分かり切っていた。

 タバコの火が、じりじりと後退していく。


 きっかけは、一通のメールだった。調査に弟分を向かわせたことを、今になって後悔する。なんだってこんなことになっちまったんだ……?




 たった数十分前の電話のやり取りを、思い出す。




「ロバート、キースには会えたのか?」

『まだ全然……。でも、本当にマンチェスター郊外でいいの? 実は特徴似てるだけでアメリカとかオーストラリアだったりしない?』

「……たぶん……。……いや、アメリカの可能性ってなくもねぇな……」

『ちょっと! そこはしっかりしてよ!』


 ──ああ、見つけた




 電話の向こうから聞こえたのは、ノイズ混じりの声音。文句を垂れていた弟の言葉が途切れ、聞き覚えのない声が代わりに話し出す。

 ……なんとなく、悟った。キースはきっと、もう、この世にはいない。


 返信はちっとも来ない。そもそも見てる奴が少ないだろうしな……とは思いつつ、せめて小出しにとメールの文面を貼り付ける。




 やり取りを、さらに思い出す。




「ロバート、どうした?」

『……君に伝えたいことがあるんだ。書き留めてほしい』

「……なぁ、ロバート?」

『僕は殺されてしまったから、君が頼りだ』




 ロバートが黙り込んだ後の声音は、全く別人の響きに変わっていた。……あの野郎、速攻でやられやがった。


 メル友に弟が取り憑かれるなんて、もう笑うしかないが、生憎と笑っている場合でもない。怪文書ばっかりが送られてきて、どう対処すりゃいいのかさっぱりだ。

 送り主がロバートなのかキースメル友なのかどうかってのも、全くもってよくわからない。……と、また電話がかかってきた。


 画面に表示された名前は「Robert」だが……もし出てくるのが「Keith」だったら、いったいどうすりゃいいんだ……?


『ロッド兄さん、例の小説進んでる? なんでか気になっちゃって』


 聞き覚えのある声音に、思わず肩の力が抜ける。


「……お前、今どこにいんだ」

『え? マンチェスターだけど? 兄さんが取材に付き合えって言ったんじゃん』


 ……この証言を小説にしてくれ、とキースが言いたいのか、それとも単にロバートが混乱してるだけなのか……。俺にも、さっぱり訳が分からない。


「後で原稿送る。……死ぬなよ、ロバート」

『えっ、なんで?』


 ロバートは呑気だが、こっちからするとなんで? ……って状況じゃない。ホテルから連絡来てんだぞ。窓もドアも鍵かけたまま、忽然と消えてたってな。

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