レイくん


私にはレイくんという『おとうと』がいる。


私はレイくんを一度も見たことがない。

レイくんは私より、ななつか、やっつばかり年下だ。確か、そのぐらいのはずだ。


レイくんは私と同じ父親と私と違う母親の間から産まれた。

レイくんの存在を、初めて知ったのはこっそりと母親のメールを盗み見た時。とくべつ、母親が不審だったということは無いし、私も私で母親のメールに興味がなかったから、盗み見ることはしなかった。

それなのに、なんであの時だけ私はメールを盗み見たのだろう。

虫の知らせという割には、何の感慨もなかったことだけを覚えている。


強いて言うなら漫画みたいだな、と思った。ライトノベルの導入みたいだな、とも思ったけど。



私にとって父親というのは物をくれて、年に一回だけ遊んでくれて、私の好きな物を買ってくれる都合のいいサンタクロースだった。

サンタクロースに息子がいましたよ、と言われても、はあそうですかとしか皆は思わない。私もそうだった。



私がレイくんの存在を知ってからも、父親は何も言わなかった。多分、私が知っていることを、彼は知らなかったんだと思う。

でもやっぱり、この白髪の生えてきた彼が、どんな気持ちで他のおんなのひとと寝たのかは、少しだけ気になった。逆算すると、私が多分小学校にいるぐらいの頃合いじゃないだろうか。


私の顔とか、母親の顔とか、思い出してたのかな。だとしたらすっごく気持ちが悪いなあ。




一年に一回のサンタクロースの足音は次第に遠ざかっていった。ショッピングモールに行った帰りによる居酒屋で食べた、山芋の天ぷらがもう食べられないのだと思うと悲しかった。市外だったので、車がないと行けないのだ。



本当にたまに、夜ご飯を食べに行こうと誘われた。焼肉だとか、レストランだとか。私は何か物をくれるんじゃないかと期待したけれど、彼がくれるのは期待外れの物ばかりだった。宇宙に向けてロケットを飛ばそうとした人の、ノンフィクションの本だとか。そういうものは、一回も開かずに本棚に仕舞われている。




数年前、久しぶりに会った彼は昔より白髪が増えていた。夕方に集合した私達は、父の車で街のレストランに向かった。車は私が数年前に乗った時と変わっていた。新車特有の匂いがする。車には彼が絶対に聞かないであろう、backnumberの曲が流れている。

助手席に座りながら、ふとレイくんのことを思った。レイくんはどこに座っているんだろう。助手席だろうか、それとも後ろの席だろうか。



新聞記者である父は、山に死体を埋めた男の話を私に聞かせた。私はそれを聞き流すようにして、ドリアを食べた。近況を聞かれたから、寺山修司のことが好きなのだと言うと、それは寺山修司を好きな自分が好きなのだと彼は言うので、ドリアの味がしなくなった。


それからもう彼には会っていない。

彼は『お誕生日とお年玉です』という言伝と共に数万を封筒に入れて送ってきた。



レイくんがイケメンなら私は嬉しいんだけど、レイくんも私のことをめちゃくちゃ胸がおっきいめちゃくちゃな美人だと思っているかもしれない。残念ながら君の義姉は唇の皮を剥がす猫背の陰気な女だよ。めちゃくちゃなのは合っている。

そして君の父親は、数万円を誕生日に送ってくるような男だよ。


レイくんに使われるお金は私に使われるかもしれなかったお金だよ。


レイくんはどんな子なんだろうか。イケメンだろうか、イケメンじゃないんだろうか。それだけでも教えて欲しい。




レイくん、君の父親の葬式が執り行われた時、喪服姿で、素知らぬ顔した私と会おうね。




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唇の皮を剥がす こころがうみこ @hakuhaku3331

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