唇の皮を剥がす

こころがうみこ

唇の皮を剥がす


唇の皮を剥けるのは、既に皮を剥いた人だけだ。

これは卵が先か、ニワトリが先かという話になってくるのだけれど、普通の唇の人というのは皮に掴むところがない。皮が一枚で、ぴったりと唇になっているからだ。


ところが皮を剥いだことのある人の唇というのは、斑模様になっていて、そこから皮は再生し始めるので、端という概念が出てくる。端があれば皮は掴めるので、べりっと剥がしてしまう。なので、唇の皮を剥けるのは皮を剥いた人だけなのだ。


唇の皮を剥がすと言っても、感覚は色々ある。まず、血が出るか出ないかはすぐに分かる。もうぺり、と掴んだ時点で深さが分かってしまうから。深さというのは、その皮が唇の肉のどこまでの深さで引っ付いているかということになる。だから、皮を掴んだ時に深さを感じれば、やっちゃったな……と少し後悔する。後悔するけれど、皮を剥く時に途中でやめるという選択肢は存在しない。

だって端があるから取っているのに、剥がしかけたらもっとその端が大きくなってしまう。だから血が出ているなーと思いながら剥がす。




周期的に、唇が腫れぼったくなる時期がある。全体的に薄い膜を取っているように感じられる時期もあるけれど、腫れぼったくなると全てが逆転する。唇全体がカサブタに覆われた傷口になって、少しでも剥がすと膿が出てくるような気持ち悪さがある。本当に膿が出てきているのかは、分からない。

とりあえず触るまい触るまいと我慢するけれど、このぐらいならいいだろうと剥がした端っこからいつの間にか拡大しているのでこの我慢は意味をなさない。



この唇は母からは人喰い鬼と言われた。肉が露出しているので、とても赤々としている。私はもう何年も見慣れているから実感がないけど、多分とても気持ち悪いんだろう。


あと、某果汁100パーセントのブドウジュースを飲むと唇が紫に染色される。理屈はわからないが肉が直に出ているからそうなるんだろう。同じ理屈で辛いものを食べるとすごく染みる。


これは私でも気持ち悪い事が分かる。本当に気持ちが悪いので。




そんな母は当然のように私の悪癖を矯正しようとして、医者に連れていった。医者はレダコートという塗り薬をくれた。私は医者ではないので詳しくは分からないけど、薬を塗ると、唇の再生速度が早くなるのだ。


なので皮を剥く行為が加速した。沢山剥いてもすぐ治るから怒られない。たいへんよろしい。





最近、皮を剥くことは自傷行為だという説をインターネットで見かけた。インターネットだから、信用はならないし根拠も知らないんだけど。

私はそうだといいなーと思った。私はとても今の状況が辛くて頭の中は希死念慮で覆われているけれど、自傷行為には手が出ない。痛くて怖いことはしたくないとおもう。でもこのぐらいならやれるかな、と思っている。皮はちゃんと再生する。私のめちゃくちゃな人生とは違って、取り返しがきくのがいいところだ。




今も唇がひりひりとして痛い。

多分死ぬまでこうなんだと思う。ごめんね、お母さん。



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