第21話


 テツ・サンドリバーは貧乏である。

 それはもう驚く程に貧乏だった。

 近衛兵団団長の職にありながらその貧乏っぷりはいっそ滑稽な程であった。

 彼が支給されている給金が少ないわけではない。

 それどころか彼はよわい十五にして既に父親の収入を超えてしまっている。

 フレイが近衛兵団、という組織を(ほぼ無理矢理)立ち上げた時に問題になったのが、給金をどうするか?という事だった。

 給金の額もそうであるが、それをどこから支出するのか?という点も大きな問題だった。

 後者に関してはフレイが自身の所領であるセプテーリア公爵領にて受け持つ意思を示した為、すぐに解決した。

 問題は前者であった。

 実質的にはフレイの私兵集団である近衛兵団ではあるが、名前に近衛と入っている以上はその扱いをどうするか? というのは王国にとって特に同じ近衛の名を冠する近衛騎士団にとっては重要な事だったのだ。

 いずれも貴族の子弟で構成された近衛騎士団の影響力は馬鹿に出来ない物でジョン王やその家臣団にとっても近衛兵団の給金の額というのは頭の痛い問題だった。

 近衛騎士団と同じ額にすれば、近衛騎士団に所属する騎士はともかくとしても、その騎士を輩出している貴族家は良く思わないだろう。

 かといって低くすれば、今度は近衛という名の価値が下がると騎士団自身からの反発を受けるだろう。

 近衛兵団団長の給金を近衛騎士団団長と同等とし、兵士の給金は王国兵に準じた物とする、と結論が出たのは四日間ほど王の政務が止まる程の議論を重ねた後だった。

 というわけで近衛兵団団長テツ・サンドリバーの給金は低く無かった。

 それでいて彼が貧乏なのには理由があった。

 その原因は彼自身にあると言えばあるのだが、その責任の一端にはジョン王も関わっていた。

 テツが近衛兵団団長なる、帝国史上初となる役職に就くにあたって、彼は彼なりに努力しようとしたのだ。

 彼は人を率いるという役職に就かざる得ないと悟った時、その知見を過去の名将達に求めた。

 長く平和な時代の続く帝国であったので、その名将達の多くは過去の人であったが、彼らのおこないや言葉を残した書物は多くあった。

 テツはその書物にあたるにあたり、ジョン王に相談したのだった。

 帝国に名将多くあれど、学ぶとなればどの名将が宜しいか? と。

 ジョン王はそんなテツの相談に快く応え、自身が尊敬する名将達の名を彼に教えたのだった。

 ジョン王がテツに学ぶようにと告げた将軍達の特徴を簡潔に纏めるのなら、部下を非常に大事にするという物だった。

 曰く、指揮を執る者とは部下に死ねと命令出来る者である。

 曰く、故に指揮を執る者は平時においては幕下ばっかの者の面倒を出来る限り見なければならない。最高の装備、状況が許す限り体力気力が十全になるよう手配する。

 曰く、部下達に自分達に命令をする人間は特別な人間なのだと思わせ、その幻想を真実とする。

 曰く……。

 テツ・サンドリバーはそれら名将の言葉を愚直に信じた、そして愚直に実行したのである。

 近衛兵団の兵士は、その殆どが貧民街の住人だった。更には初期構成員はその大半が孤児かそれと大差の無い者達だった。

 彼らは皆貧乏だった。

 そんな彼らが、弟や妹を学校に通わせたい、と聞けばテツはその学費を出した。

 病気だと聞けば医者にかかる金を用意した。

 自分を捨てた家族が困窮している、と聞けば援助を申し出た。

 他にも色々と大小と面倒を見た。

 初期の近衛兵団は中隊にも満たない人数ではあったが、これらのおこないは如何いかに近衛兵団団長の給金が高給であったとしても決して楽な物ではなく。

 テツ・サンドリバーは近衛兵団団長でありながら絶えずカツカツの生活を余儀なくされていた。

 これはある意味必然の結果であった。

 彼が学んだ名将達は、その全てが貴族それも大貴族等と呼ばれる侯爵や王族だったのだ。

 彼らにすればこの程度で困窮する程の事ではないし、何より彼らの部下とはやはり貴族つまりは金持ちであったのだ。

 その事に気がつけなかったテツという少年の自業自得の貧困生活は、近衛兵団の規模が大きくなり本格的に破綻する前にレイドリックからの説得があるまで続けられた。


 というわけでテツ・サンドリバーは城へ赴くにあたって、近衛兵団団長でありながら他の城勤めの騎士や兵士すらにも劣る貧乏くさい例の鎧姿であった。

 右腕だけが不相応に立派な継ぎ接ぎの軽装鎧姿は、良くて傭兵のようであり、より実際に人に与える印象を言えば食い扶持の無い貧乏騎士であり滑稽であった。

 本人からすれば将らしくあろうとした結果、鎧を一式揃えるだけの金も無いというだけなので、気にもしてなかったのだが、自分のこの姿がフレイの悪評に繋がるのではないかと考えると、例え彼女が気にしていないとはいえ、思うところはあった。

 いつか武勲を上げたら、その時は王に褒美として鎧を求めてみるのも悪くないのかもしれない。

 テツは右腕を見た。

 せめてこの右腕の鎧に負けないような物を。

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