第20話


 少女の名前はピレ・ダナスター。

 王妃の母方の実家であるドナヘル侯爵領に隣接するダナスター男爵家の長女だった。

 ダナスター家の遺伝的特徴である翡翠色の瞳からは意志の強さと持て余し気味の気高さが見て取れてテツは一目で気に入った。

 歳は十と聞いたがあと数年もすれば、どちらも上手く飼い慣らせるだろう。

 テツは騎士の礼をレイドリックは深く腰を折りながら王妃からの紹介を聞いた。

 王妃が今日ここへ来たのは、と用件へ言及しようとすると、それをピレが止めた。

「王妃様、それは私の方から」

 ピレの声は幼さと甘さを残しているものの、王妃任せには出来ないという意思が感じられた。

 テツはますます彼女が気に入った。

「騎士テツ、レイドリック、まずは楽になさってください」

 その声に伏せていた目を上げると目に入ったのはやや必死とも言える少女の顔だった。

「どうか、近衛兵団のお力をお貸し頂きたいのです」


 ピレ嬢曰く、ここ最近になって領内の村がゴブリンに襲われるようになってしまい困っている、との事だった。

 男爵領には大きな森林地帯があり、その周辺の村でたびたびゴブリンによる家畜の被害や人の被害が出ているらしく、冬に向けての蓄え等にも被害が出ておりこのままでは餓死者すら出かねない状態だという。

 本来であれば男爵家がゴブリンの掃討などをしなければいけないのだが、男爵家は折り悪く仕える騎士と兵士の殆どをスタトへと派遣している最中で、それも叶わない。

 ゴブリンは大人であれば農具ですら追い払えるような害獣ではあるが、流石に森に入ってゴブリンを掃討するような事は領民では出来ず。

 かといって男爵家も深刻な被害を訴える領民を捨て置く気は無いにしても、実際に動かせる手駒がない為に現状どうする事も出来ないという。


 ここでスタトの名前が出てくるか。

 とテツは奇妙な縁じみたものを感じる。

 現在スタトの街およびその周辺はあやふやな領土となっており、先の戦争での混乱もまだ収まっていない。

 そこでジョン王は火急の策として周辺貴族に協力を求め、兵を駐留してもらっている状態だ。

 その周辺貴族の中にダナスター男爵家も入っていたのだろう。

 ダナスター領の領民達にテツが負うような責任は一切ないと分かっていながらも、何故か妙な罪悪感めいたものを感じてしまうのは、あの戦争で存分に暴れ楽しんだのが自分の主君だからだろうか。


 妙な罪悪感をテツが感じている間にもピレ嬢は話し続け。

 曰く、その報せを王都で聞かされ心を痛めていたおり、昔から付き合いの深いドナヘル侯爵家にも連なる王妃殿下にご相談した所、それだったら近衛兵団の騎士テツに相談すれば良いとご助言頂いた、との事だった。

 テツは礼儀として相づちに努めていたが、話が終わったのを軽く少女に視線で確認してから、この少女の間違いを指摘しなければならなかった。

 きっと領民の窮地を知って十歳なりに必死になって考えて王妃様に相談したのだろう。

 そう思うと心苦しいのだが、ここは近衛兵団としては間違えられない所だ。

「どうやら大変に困られているご様子である事、十分に理解する事が出来ました」

 テツの言葉に少女の顔に光が差す。

「ですがそれでしたら頼みに行く相手が違います」

 と続けられたテツの言葉に少女は唖然とした表情を隠す事が出来なかった。

「私は確かに近衛兵団の団長でありますが、我ら近衛兵団の勤めは姫をお守りする事に他なりません」

 当たり前と言えば当たり前の指摘に少女は途方に暮れたような顔で王妃を見る。

「ですので、お頼みになるのでしたらまずはフレイ王女様に、というのが筋でございます」

 そのテツの言葉に応えたのは少女ではなく王妃だった。

「あら、間違っていないわよ」

 そう言った王妃の声は楽しげであった。

 テツもその言葉に王妃へと視線を向ける。

 王妃から何かあるというのはテツも予想済みであった。ピレからの相談を受けたのは王妃に他ならない。そして王妃がテツが言ったような事など承知していないはずがなかったからだ。

「だってあの子、貴方から言われたら断らないもの」

 まるで天地の理を解くかのような口調だったのでテツは一瞬反応が遅れた。更にはレイドリックが小声でまぁ確かに、等というものだからテツは危うくそのまま納得しかけた。

 踏みとどまれたのは少女が王妃の言葉を盛大に勘違いして顔を赤くしていたからだ。

 マズい誤解されている。テツは焦った。

 ここで誤解を解いておかねば少女の口からあらぬ噂が広がりかねない、それこそ暗殺の恐れが確実になる。

 フレイは現在この国の第一王位継承権を持っている。その夫の座はこの国の貴族にとって喉から手が出る程欲しい物なのだ。

 後ろ盾のないテツの暗殺を躊躇する理由がない。

「確かに王女殿下におかれましては、卑賤ひせんの身である私ごときを高く評価して頂いております」

 出来るだけ、貴方が誤解しているような事は無いのだと伝わるようにとテツは真面目な口調で話す。

「王女殿下だなんて、名前で呼ばないとあの子が聞いたらまた怒るわよ」

 そしてそれをぶち壊す王妃。

 テツは一瞬だけ唖然とした表情を浮かべた後に、ああとかううと唸ると、ピレ男爵令嬢に自分からフレイにお伺いを立てるという意思を伝えた。

 ピレ嬢のキラキラとした目は見なかった事にした。

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