第12話
ジョン王が無理矢理同行させたメイド団に半ば強引に馬車へと乗せられたフレイを横目に、テツ・サンドリバーは王都への帰還命令を発した。
どこよりも早く撤収準備を始めたので彼らが帰還に付く最初の部隊となった。
本格的な冬を前に多少冷たい風が吹くものの凍える程でもなく、これなら落伍者の心配もせずに済むだろうとテツは安堵する。
いやしかし俺はいつからこんなに心配事が増えたのか、世の十五歳とはもっと気楽に生きているものではないのか?
だいたい何だ平民で組織される近衛兵団とは、ふざけてるのか、悪い冗談か。
それを率いるのが貧乏騎士の俺だというのは悪夢かそれとも神の試練か何かか?この試練はとうてい乗り越えられる試練とは思えないぞ。どういう事だこれは。
馬上で愚痴っている内にテツは
俺はどこで間違えたのか?
間違えた、そうだ、俺は――。
帝国中央部に位置するセルエント王国でテツ・サンドリバーは産まれた。
父親は歴史だけはある貧乏騎士で、仕える主君も持たない為に王都で治安維持の仕事を勤めていた。
じつはそれすらも従騎士として仕えていた騎士のツテで引き継いだ物で、周囲からは騎士になれたのは単に運が良かったからだと思われていたし、当の本人自身がそう思っていた。
王都の治安維持となればそれは立派な仕事のように思われるが、実態としては自宅を交番代わりにする街のお巡りさんといった物で。
貧乏で後ろ盾も無い騎士に与えられるのは王都とは言う物のスラムにほど近い、というより殆どスラムと言ってしまって良いような場所に建てられた家と担当区域だったし、給金も低かった、そも王都での治安維持自体が戦闘技術を持つ騎士を野に放たない為に作られた役職だったのだ。それでもこの時代では他の碌な後ろ盾の無い騎士に比べれば運が良い方だった。
テツ・サンドリバーはそんな家で父と二人で暮らしていた。
テツ・サンドリバーはその日、上機嫌だった。
遂に父から帯剣の許可を得られたからだ。
父親は本当なら体格に合わせて剣を変えていくのだが、と謝っていたがテツはその大きすぎる剣が気に入っていた。
確かに長すぎるが、重さは父親が心配している程には重すぎると感じなかった。しつらえは地味だが何より頑丈そうなのが気に入っていた。
テツが意気揚々と通りを歩きながら、まだ犯罪に手を染めていない――つまりまだ話しかけてくれる――路上孤児の知り合いや、スラムではそれだけで幸せな部類に入る親がいる子供の知り合いに会うたびに帯剣を許された事を自慢した。
いずれ犯罪に手を染めて取り締まられる側になるか、もしくは親が何かしらの犯罪に手を染めている事も珍しくない彼らからすれば、まだ騎士にもなっていないがテツの行為は自分かその親を取り締まる為の道具を見せつけられているに等しい行為だったが、彼らはそれを苦笑で、少数は驚くことに笑顔で祝福した。
これはテツの父親の人徳によるものだった。
この地区を担当していた前任の騎士が酷い人物だったという事もあるが、テツの父親は騎士として公明正大に、時には融通を利かせる柔軟性でもって担当地区の治安を守っていた。
事実彼が赴任してきてからは犯罪は大きく減っていた。
スラムに住む弱い住人達にとってはテツの父親は頼れる人間だったし、強い住人にしても自分の家族が住む周辺を任せるには都合の良い人間だったからだ。
犯罪は他の不真面目な騎士の所でやれば良い。
それに彼らはこの親子が毎日真面目に剣の稽古をしている所を路上で見ていた。
毎日頑張っている姿を見ていれば多少は情が湧くものだ。
「おう、
そう声をかけられたのは、テツ自身さすがにちょっと浮かれすぎなんじゃないかと思い始めるぐらいにはやたら滅多に声をかけ倒した後だった。
気が付けば場所はスラムでもそこそこ治安の悪い地区で、有り体に言えば父親にバレれば怒られるような場所にいた。
父親は知らないがテツの遊び場の範疇に入っているので勝手知ったるではあるが、大人から声をかけられると流石に身構える。
――が。
「なんだ、ベップかビックリさせないでよ」
一瞬で緊張を解くテツに、なんだとはなんだ、と愚痴るのは背の高い痩身でやたらと目つきの鋭い男だった。
スラムの住人にしては小綺麗な格好をしているが正真正銘スラムの住人でこの辺りで売春婦達の取り纏めをしている男である。
やたらと口が上手く、というよりも口だけで生きているような男で腕っ節の方は恐ろしいレベルで弱いらしく、弱腕ベップと言えば王都にある酒場でならだいたい通じる程である。
もちろん侮れば彼以外の腕っ節の強い人間に後悔させられる、というのもそれと同じくらい有名な話である。
「見てよベップ、帯剣を許されたんだ!」
テツはそんな男に嬉しそうに腰の剣を見せる。
「ほう立派なもんじゃねぇか
ベップは口の上手さと喧嘩の弱さと同じくらいに子供好きとしても有名だった。
本人は、子供に優しくしてりゃ大きくなった時に恩返しして貰えるんだよ、と
ひとしきりテツの自慢とベップの嬉しげな声のヨイショが繰り返される。
テツがまたしても調子に乗りすぎたと赤面しつつ反省するほど自慢し終えた所で、ベップがやおら真剣な顔をする。
「ところで
テツが表情だけでどういう事?と尋ね返すと。
「いやね、どうもココに王宮の騎士やら何やらの連中が来てるらしんだわ、それもコソコソと大勢」
貴族がスラムの真っ当とは言えない遊び場でハメを外す、というのはそんなに珍し話ではない。
だがそれも同時に大勢となるとベップじゃなくてもきな臭さを感じる。
「何かトラブルがあるんなら、ウチの女ども引っ込ませようと思ったんだがな、
頷くテツにベップが「まぁそういう事だから
去って行くベップの背中を見送りながら、テツはこの薄暗いスラムが確かにいつもより静かだと気が付いた。
スラムで何か起きる時は静かになる。
テツは頼る物を探すように剣の柄を少しだけ確かめると、急いで家路へとついた。
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