第13話

 急ぐ余り良くない道を選んだ、という自覚はあった。

 対立しているとまでは言えないまでも、互いに相手の弱みやミスを見逃さないようにしている程度には微妙な仲のグループ同士の縄張りが重なり曖昧になっている箇所を歩いていた。

 ありはしたがテツは特段心配はしていなかった。

 自分が父の息子であると、この界隈では顔が知れ渡っているという自覚があり、なおかつ素手であってもスラムにいるチンピラ程度なら不覚を取らない自信があったからだ。

 当時、所謂いわゆる戦う技術を教える事を旨とした組織は軍を除いては他に無かった。

 技術としての暴力を学んだ人間と、我流で覚えた人間の暴力とは、その質は大きく異なる。テツは貧乏騎士とは言え戦闘のプロである父親から教えられ続けてきた。

 実際に使った事は殆ど無かったが、テツはそれを使う事の意味も結果も分かった上で、使わなければならない時は使うという覚悟を決められる程には成長出来ていた。

 なので、その光景を見た時に見なかった事にして立ち去るという選択はテツには無かった。

 目深にフードを被った人物の行き先を遮るように三人の男達が道を塞いでいた。

 フードを被った人物は背が低く、おそらく自分と同じような年代の子供だろうとテツは予想する。

 その前に立ちふさがる三人の男をテツは知っていた。

 名前はモカ、グウェイ、テリウスだ。三人とも自分の腕力を人に売って金を稼いでいるタイプの人間で特にテリウスはこの手の人間にしては頭も回るタイプで、他の二人と違って自分の旗幟きしを明らかにしている真っ当な裏家業の人間だ。

 テツはそっと道に隠れ、男達の背後から様子を探りながらどうするか考える。

 テツは何も無条件にフードの人物を助けようと思っているわけではなかった。

 こんな二つの勢力が重なる曖昧な場所をフードで顔を隠して歩いていれば呼び止められるのはむしろ必然で、そうなると他の理由も考えられるのだ。

 つい最近、似たような格好をした子供がどこぞの組織の構成員を暗殺したとかという話を聞いたばかりだ。その少年は報復で死んでしまったが。

 往々にしてそういう子供は金に困ってか、何かしらの理由で二進にっち三進さっちも行かなくなった結果、子供を食い物にするのに躊躇の無い大人に使われているのが殆どだ。

 だとしたら自分の手には余る、少なくともフードの人物が生きてスラムから出るにはベップか父の助けがいる。

「おい、そのフードを取れ」

 まだ昼を過ぎてそんなに時間が経っていないにも関わらず人影すらない静かな路地にテリウスの声が響く。

 それに対してフードの人物は小首を傾げるような仕草を返す。小馬鹿にしているようにすら見える。

 その仕草に不愉快げな舌打ちをしたのはモカだったかグウェイだったか、テツの位置からは分からなかった。

 だが続く動作は良く知っていた。

 彼我の体格差と自身の腕力を過信した雑さで、フードを無理矢理とろうとしたモカが膝から崩れ落ちるように倒れた。

 初動を見た瞬間にテツは動き出していた。

 一人目は無理だけど、二人目はなんとか。

 突然背後から脇を抜けたテツにテリウスが驚きの声を上げる。

 それを無視してテツはグウェイの腰に向かって全力で体当たりをする。

 グウェイが悪態か悲鳴か判断できない声を上げて石畳の上に転がるが、テツはそれすらも無視する。

 “彼女”は優秀だ、テツは背筋に冷たい物を感じる。グウェイが無理だと判断した瞬間に狙いをこちらに変更してきた。

 テツが石畳に転がるグウェイの上を飛び越えるように身を投げ出す、必死だった。

 石畳が砕ける音がついさっきまで自分がいた場所から聞こえてきた。踵とつま先に鉄板が仕込まれている、街で治安維持の任に付く騎士が好んで使う靴が地面に突き刺さっていた。

 頭のあった位置じゃないか。

 テツはぞっとしながらも素早く態勢を立て直してフードの――今では一連の動きでフードが外れてしまっている――少女を見据えた。

 凄まじい、という形容詞が似合う美しさだった。

 溜息ではなく息を詰まらせる美しさだった。

 だがこの美しい少女は、隠し持っていた短剣で正確にモカの顎先を横薙ぎに打ち抜き、幸いにして鞘に入れられたままだったのでモカは生きているが、そのまま勢いを殺さない体さばきで鉄靴でグウェイの頭を狙う蹴りを放ち、それが外れるや直ぐさまに狙いをテツに変更し、石畳を砕くような威力の踏みつけを頭を狙って放ったのだ。

 よく知っている動きだ、この少女は戦闘の訓練を受けている。

 テツはこの少女はプロの殺し屋だと結論づけた。

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