第31話 想い
「これで安心して墓参りができるな」
ステラの言葉に、ダイスケは小さくうなずく。
周囲の壁は近くで戦闘があったにも関わらず、かろうじて無事ではあったが、それでも墓石と突き立てられた剣だけという状態は、寂しさを覚えずにはいられない。
「昔は、この辺りに小さな花畑が作られてたんだけどな……」
霧に包まれたようにぼやけた遠い昔の光景を思い返しながら、ダイスケはつぶやく。
そして、もう名前も見えない墓石の前にかがむと、刃こぼれした剣が自然と目についた。
瞬間、ダイスケは思わず目を見開く。
剣は刃先こそボロボロだが、付け根の辺りに、何か文字が刻まれているのが確認できた。
師匠と共に旅をしてきた覚えはあるが、この剣にこのような施しがされているなんて、思いもしなかった。
ダイスケの視線は、吸い寄せられるようにその文字へと向けられる。
そして次の瞬間、墓前の剣はダイスケに小さな魔法をかけた。
「リーナ……そうだ、間違いない。これが、師匠の名前だ……」
自分の胸に、耳に刻み込むように、師の名前を呼ぶダイスケ。
その度に、ダイスケの胸は震え、感情が噴き出す。
思わず顔を押さえるが、抑えきれない想いに嗚咽が止まらなくなる。
何も知らない自分を助け、受け入れてくれた時のこと。
無理を言って旅に同行させてもらったこと。
技量を上げるためにと課せられた、地獄のような修行の日々。
平和を夢見て語り合った夜の思い出。
女性という立場でありながら戦わなければならなかったという、師匠の境遇を知った日のこと。
そして、自らを犠牲に自分を守ってくれたこと。
そればかりか、数百年経っても、心の奥底から助け続けてくれたことを。
感謝してもしきれない、そのはずなのに。
どうして今まで、墓参りにすらこなかったのだろう。
――否、理由はダイスケ自身が一番わかっていた。
師匠の死を受け入れることが怖かったのだ。
怖くて、自分だけが生きていることに負い目を感じて、そして英雄として人々からもてはやされて――どんな顔で会いに行けばいいのかわからなかった。
そのまま、時間ばかりが過ぎて、次第に記憶も薄れていって、いつしか師匠の名前すら忘れてしまっていた。
後悔と自責の念に、ダイスケは胸が締め付けられながらも、涙ながらに謝罪の言葉を吐露する。
「師匠、リーナ師匠……来るのが遅くなってしまって、本当に、すいませんでした」
目を閉じて、ダイスケは頭を下げる。
「ダイスケ……」
小さくなったダイスケの背中に、ベルの小さな手が添えられる。
ステラもその様子を目にして、目元に涙を浮かべるが、黙って天を仰いでいた。
数分後、ダイスケはゆっくりと立ち上がると、若干赤くなった目でまっすぐに墓標を見つめる。
「――リーナ師匠、長らく来られなくて、本当にすいませんでした。まさか、今になっても師匠に助けられるとは思いませんでした。これも師匠が色々俺に仕込んでくれたおかげだと思います。本当にありがとうございました」
目元を腕で拭い、再度小さく頭を下げるダイスケ。
「本当は、花の一つでも用意できたらよかったんですけど……すいません」
ダイスケの言葉の通り、周囲は長期に渡る経年によってただの荒地と化していた。
近くで花を摘んでこようにも、何キロ先になるかわからない。
「そうだよね。お花くらい用意してればよかった。ごめん、ダイスケ」
ダイスケに寄り添いながら、申し訳なさそうに顔を伏せるベル。
しかしダイスケは首を横に振ってそれを否定した。
「いや、いいんだ。ここに来れただけでも奇跡みたいなものだし」
ニッと笑顔を作ってみせるダイスケだったが、ぎこちない笑顔からは無理をしていることは丸わかりだった。
すると、ベルは何かを思い出したような表情を浮かべ、再びダイスケに話しかける。
「そうだ! あのさ……もしよかったら、これ……使えないかな?」
そう言ってベルが差し出したのは、布を折り紙の要領で折って作った可愛らしい白い花だった。
記憶が正しければ、これはウッドアンクルで食事をした時のナプキンではないだろうか。
恐らくベルは、店に返すことなく、そのまま持ってきたのだろう。
あまり褒められたことではない。
だが、ダイスケにとっては、それ以上にベルの思いが嬉しくて仕方がなかった。
「アタシさ、色々迷惑かけちゃったし、何かお礼ができたらって……それで――」
練習する時間もそんなに多くはなかったはずだ。
それに作り慣れていないのだろう、ベルの作った布の花は所々花弁のサイズもバラバラになっている。
それでも、何度も折り直したのであろうベルの真心は痛いほどに伝わってくる。
「ありがとう、ベル。この花なら、きっと師匠も喜ぶよ」
ダイスケは両手で布の花を受け取ると、そっと剣の前に供えた。
両手を揃え、両目を閉じ、黙とうを始めるダイスケ。
それにならってベルとステラも黙とうを始める。
訪れる静寂。
その最中、三人の祈る様を見届けるように、どこからか吹き込んできた風が、墓前の花を小さく揺らしていた。
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