第25話 救急
ベルとステラ、二人の特訓が終了してから数日後。
ダイスケたちは東の方角へとひたすら旅を続け、魔物たちのはびこる領地にまで進出しつつあった。
現在の場所は名もなき平原。
ひざ丈まである草原がどこまでも続いており、人間の生活域と魔物の生息域の接続域の役目を果たす区域だ。
これを越えると魔物の強さも数も段違いに増してくる。
できることなら足を踏み入れたくはない場所でもあるが、残念ながら目的の地はこの先にあった。
先導して歩くダイスケは、比較的歩きやすいルートを模索しながらも、背後の二人を気に掛け、着実に前進を続ける。
それでも一向にペースが上がらないのは、ダイスケの背後を歩む二人にあった。
「さすがにこの辺りは歩きづらいな」
そう言いながら険しい表情を浮かべたのは、他でもないステラだ。
王都ゼノウォールやウッドアンクルの周辺は街道の整備がされているおかげで比較的歩きやすい道程であったが、この先の進路は長らく人の手が入っていない。
また、ベルとステラは身長が低く、同じ距離を進むにしてもダイスケ以上に負担が掛かってしまうのだった。
それもあって、ダイスケは背後の二人に向けて声を掛ける。
「二人とも。足元が見えづらいから、石につまずいたりしないよう気を付け――」
「おっ、何だこれは!?」
急に上がったステラの声に、ダイスケは足を止め、慌てて振り返る。
「どうした! 何かあったのか!?」
ダイスケの背筋に冷たい汗が流れる。
突然魔物が襲い掛かってくるリスクは低いものの、何かしらのトラップが仕掛けられている可能性はゼロではないのだ。
ダイスケは緊迫した顔で、草原の中で屈んでいるステラの様子をうかがった。
「ど、どうかしたの、ステラ?」
最後尾を歩いていたベルも、恐る恐るといった様子で背後からのぞきこむ。
若干顔が赤くなっている辺り、ベルの方は相当疲労が溜まっているようだ。
途端、ステラは急に立ち上がり、高揚した声を上げた。
「見てくれ、この魔石の量。これだけあれば上級の魔法も使い放題だぞ」
そう言うステラの腕の中には、こんもりと盛られた魔石の山があった。
魔法を扱うステラが興奮するのもうなずける。
だが、人が近寄らない場所とはいえ、ここまで魔石が集中して落ちているものだろうか。
「気を付けろ。罠の可能性も――」
ダイスケは周囲の気配を探りながら注意をうながした。
そんな張り詰めつつあった空気に穴を空けるように、ベルがたずねる。
「……ねぇ、ダイスケ。足元にこれが落ちてたんだけど……」
目線の高さに掲げられたベルの手。
そこに握られていたのは、土でひどく汚れた、濃い緑色をした風呂敷のような布だった。
それを目にしたダイスケは、ある結論にたどりつき、脱力する。
「……なんだ、そういうことか。これは誰かが魔石をここに寄せ集めていただけみたいだな」
当然のことだが、ここは滅多に人が来ない地区ではあるが、絶対に来ないというわけではない。
このように商魂たくましい商人が魔石を仕入れにやってくることも度々あるのだ。
「まったく、商売人てのは、肝が据わっているというか、なんというか……」
気の抜けた笑いを浮かべるダイスケ。
それとは対照的に、ステラはどこか落胆した表情で魔石を足元へと戻していく。
「そうか。先客がいたか……なら仕方ないな」
一つくらいなら取ってもバレないだろうが、他人のものを盗らないという姿勢はステラの性格によるものだろう。
やはり、教育というのは人格、品格の形成に大きな影響を与えるのなのかもしれない。
「ベル、その布きれ、ちゃんと元に戻しておくんだぞ」
「――えっ? あっ、うん……わかってるよ、もちろん」
手にした風呂敷をぼんやりと眺めていたベルに一言釘を刺し、ダイスケは再び前を向き、歩き始めるのだった。
ひたすら東へ向かって歩き続けること数時間。
ダイスケたち三人の疲労は次第に蓄積されていき、次第に口数も減っていった。
延々と草同士が擦れる音が続いていく。
いつしか、目に映る風景も草原の中に樹木が点在するようになり、遠方には林がぼんやりと見えてきていた。
だが、その微細な変化を誰も指摘しない。
それほどに、皆の体力と精神力は摩耗していた。
変化に乏しい風景が続く中、ダイスケは休憩する場所を探し始めていたが、最適な場所が見つけられない。
できることなら、しっかりした場所で休憩をしたい。
そんな思いからギリギリまで探し続けたダイスケだったが、さすがに限界だと判断し、後ろの二人へと意見を求めるべく振り返った。
「なぁ、休憩なんだが、場所も悪いし――」
そこまで口にしたところで、ダイスケの表情が硬直する。
「ん? どうかしたのか?」
疲労の色を浮かべながらも顔を持ち上げ、たずねるステラ。
しかしダイスケの視線はステラではなく、その更に後ろの草原へと向けられていた。
「――ベルっ!」
そこに居たはずの少女の名を呼び、来た道を一目散に駆け戻るダイスケ。
「なっ、いつの間にはぐれたんだ!?」
ダイスケに次いで、ステラも慌てて踵を返す。
悪い足場を気に留めるでもなく、ダイスケは風のように突き進む。
そして、数百メートルほど戻ったところで、草原の中にうつ伏せに倒れるベルの姿を確認した。
「ベル、ベル! おい、聞こえるか!」
倒れたベルを抱え上げ、ダイスケは必死に呼びかける。
だがベルの顔は真っ赤で、肢体は熱を帯び、ぐったりとしていた。
医療の知識がないダイスケであっても、予断を許さない状況なのは明白だった。
「大丈夫か? ベルは……見つかった、か?」
ダイスケに遅れること数十秒、ステラも二人の元へと合流する。
「……相当まずい、かもしれない」
「――えっ!?」
苦虫を噛み潰したような顔で語るダイスケに、ステラはそれ以上の言葉を発することができなかった。
「とりあえずはこれで大丈夫だろう」
横たわるベルの額にぬれタオルを乗せ、ダイスケはつぶやく。
「そうか、無事か。それならよかった」
ダイスケのすぐ隣でそわそわしていたステラだったが、ダイスケの言葉に安堵する。
しかし、すぐにダイスケは弛緩しかけた気持ちを引き締め、言葉を吐いた。
「だが、油断はできない状況だ。本当はもっと良い環境で休ませるべきなんだが……」
険しい表情で、ダイスケは再度、ベルの様子を見る。
首元のスカーフは緩めてあるが、それでも顔は赤く、苦しげな呼吸音が繰り返される。
しかも寝ているのは、痩せた木の下で石をどけてシートを敷いただけの簡易なベッドもどき。
とてもではないが、安心して休める環境などではない。
せめて、薬か栄養剤のようなものがあればいいのだが、無い物をねだったところでどうしようもない。
原因が疲労であることは簡単に想像できた。
成長期の少女に対して、あれだけのハードスケジュールで旅を続けるというのだから、体調を崩しても無理はない。
「もっと、ちゃんとベルのことを見ていれば――」
後悔の念がダイスケの心をえぐる。
それを振り払うようにダイスケは頭を振り、思考を前へと向けた。
これから自分がすべきことは嘆くことではない、ベルを救うために行動を起こすことだ。
「今、必要なもの……必要なこと……」
良い案はないかと、思考を巡らせるダイスケだったが、ベルの存在を考えると思い切った行動に移れないのも事実だった。
「……ん?」
ふと何者かの視線を感じたダイスケは、気配のした方へと顔を向けた。
そこには、ダイスケの瞳をまっすぐに見つめるステラがいた。
「どうか、したか?」
ダイスケの問いかけに、ステラは力ない口調で答える。
「私に、何かできることはないか? 私に回復系の魔法の素養があればよかったんだが……でも、だからといって仲間を放ってはおけないだろう?」
心の奥底にまでストレートに投げ込まれた言葉に、ダイスケは不覚にも胸が奮えた。
そうだ、今の自分はひとりじゃない。
一緒に旅をしてきた仲間がいる。
仲間からの言葉に、曇り空から雲が晴れるように、どこかへ消えかけていた希望の光が姿を現していく。
気がつくとダイスケはすっくと立ち上がり、出発の準備を始めていた。
「ありがとう、ステラ。ベルのことは頼んだ。濡らした布で熱を下げて、後は何か栄養のとれる料理を作ってあげてくれ」
「わかった。だが――ダイスケは?」
心配そうに見送るステラにあと、ダイスケは首だけで振り返る。
「足りない分の水と、何か薬草がないか探してくる」
その言葉を残して、ダイスケは颯爽と草原へと駆け出した。
それはまるで、胸の中に宿した焦燥感を置き去りにしようとしているかのようだった。
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