第23話 挫折
「さて、特訓の調子はどうなっているかな……と」
二人はどの程度成長しているのだろうかなどと考えながら、ダイスケは小屋への道のりを一歩一歩進んでいた。
しかし、ダイスケの予想に反して視界に飛び込んできたのは、剣を手に立ち尽くしているベルの姿だった。
「ベル……どうしたんだ、剣の練習は――」
その場に荷物を下ろすと、ダイスケはベルの元へと駆け寄り、原因をたずねる。
するとベルはダイスケの顔をキッとにらみつけ、叫んだ。
「だって、疲れるんだもん! こんなの、無理だよっ!」
ベルから返ってきた言葉に、ダイスケは目を丸くする。
思わず言い返しそうになるダイスケだったが、寸前のところで言葉を呑みこみ、考えを巡らせる。
こういう場合、感情的になるのは愚策であるということを、ダイスケは経験上よく知っていた。
「疲れる、か……」
ダイスケは一度目を閉じ、ベルの言葉の真意を探る。
自分が初めて旅をした時は一体どうだっただろうか。
つらい修行を文句の一つも言わずに真面目にこなしてこれただろうか。
――いや、そんなことはなかったはずだ。
それはベルにも同じことがいえるのではないだろうか。
普段から剣を振るっているならともかく、ベルはまったくの素人。
剣を扱えるだけの筋力もあるか怪しいところだ。
それをいきなり修行だとか特訓だとかと称して剣を振り続けろと言ったところで、すぐに限界がやってくるのは当然だ。
しかし、だからといって、今のダイスケにとってスキルを向上させるには、これ以外の方法が思いつかなかったのも事実だった。
ベルをどう説得しようか悩むダイスケだったが、それを邪魔するようにステラの声が飛び込んでくる。
「おぉ、戻ったか。ダイスケ」
声のした方へ顔を向けると、そこには自信にあふれた顔で腰に手を当て胸を張る、ステラがいた。
「ステラか。そっちは修行の方はいいのか?」
ダイスケの問いかけに、ステラは不敵な笑みを浮かべる。
「ふっふっふ。まぁまぁ、見てみるといい。きっと驚くぞ」
ステラは人差し指を立てると、ダイスケに背を向ける。
目線の先には――修行を指示した石の囲いがあった。
だが、その距離はかなり離れている。
さすがにこの短時間で、この距離は無理があるのではないだろうか。
ここではボヤでも起こされたら惨事だ。
不安から中止の宣言をしようとしたダイスケだったが、その口から言葉が出てくることはなかった。
「ほうらっ、
ダイスケの声帯が震えるより早く、ステラの指先に小さな炎が灯り、一直線に石の囲いへと飛んでいく。
そして囲いの中心で大きく燃え上がったかと思えば、手品さながらに炎は空気に溶けるように消失した。
「どうだ? これで満足だろう?」
ニヤつきを抑えきれない顔でステラはダイスケへと視線を向ける。
それに対しダイスケは驚きのあまり、すぐには言葉を返せなかった。
「……あ、あぁ……だ、大丈夫だ」
「となればだ、後はそっちのベルだけだな」
ステラの言葉にダイスケの視線は自然とベルへと向けられる。
ベルはというと、頬を膨らませながら、不服そうな顔でダイスケたちを見ている。
瞬間、ダイスケは察した。
――このままではダメだ。
なんとかして、ベルにやる気を出してもらわないと。
そう心に決めたダイスケは、ベルと丁度目線が合うように腰をかがめて、できるだけ穏やかな表情を浮かべ、話しかけた。
「ベル、これからも旅を続けたいか?」
柔らかに発せられたダイスケの声に、ベルはうつむきながらも小さくうなずく。
「なら、剣の練習をしないと。このままじゃいずれ――とにかく、辛くても成長してもらわなくてはならないんだ。頼む」
深く頭を下げるダイスケ。
その姿にベルは一瞬表情を緩めるが、すぐに横を向いた。
そこへ落雷が如く、ステラの声が響く。
「ダイスケが頭を下げてるのだぞ。それも全部ベルのことを思ってだな――」
「いや、いいんだ」
ステラの声を遮り、ダイスケは頭を上げる。
「だが、それでは――」
「いいんだ」
なおも食い下がるステラだったが、ダイスケは一言でそれを退ける。
このような修行や特訓は、意志がなければ意味がない。
今のような短い期間での成長が必要とされていたら、尚更だ。
ダイスケは再度、ベルの顔をまっすぐに見据え、問いかける。
「ベル、続けられるか?」
穏やかに放たれたダイスケの言葉。
そこへ返ってきたのは、ベルの叫び声だった。
「続けたいけど、できないもん! 私、英雄様みたいに何でもできるわけじゃないよ!」
それは、まさに言葉の弾丸だった。
ダイスケの心の中心を射抜き、虚空へと消え去っていく、口から放たれた魔弾。
ずっと抑えられてきた感情が一気に湧き上がったこともあってか、ダイスケの言葉は静かな怒気を含んでいた。
「――そんなことはない。英雄にも、不可能はある」
決して感情的とは言い難い、しかし、有無を言わさぬ迫力を含んだ声。
それに気圧されてか口をつぐんだベルたちに対して、ダイスケは言葉を連ねる。
「俺は確かに色々な物事をこの世界に伝えた。でも、すべてじゃない」
空を仰ぎ、その向こうに昔いた元の世界の記憶を想像しながら、ダイスケはわずかに目を細めた。
「教えたくても、仕組みがわからなくて伝えられないものが山ほど……山ほどあるんだ。医療や工業、それに農業も……もっと、もっと大学で勉強ができたならって――」
後悔の念に声を震わせるダイスケ。
そこへ意を決して声を割り込ませたのは、ステラだった。
「でも、英雄様が教えてくれたことで救われた人もいる」
自らの胸に手を当て目を閉じ、過去を振り返るように小さくうなずいて数秒後、ステラは両目を開き、ダイスケを見つめた。
「前にも言ったかもしれないが、学校がなければ、私は魔法の才能を知ることもできなかったし、今生きていられたかもわからなかった……これは、紛れもなく英雄様の功績だ」
「ありがとう、ステラ……だけど、俺の知識の不足で救えなかった人がいたことも事実だ」
ダイスケはステラに優しく微笑むと、今度はベルに視線を移す。
「残念ながら、俺の夢は途切れてどうしようもないみたいだ。でも、ベルは違う――ベルの未来には可能性の道が、確かに続いている」
ダイスケの言葉を受け、数秒の沈黙の後、ベルは口を開く。
「ダイスケが教えてくれた、女の騎士の人も……この修行をしたのかな?」
「それは……わからない。だけど、俺は同じようにつらい修行をした。生き抜くために。一緒に旅をするために――」
ベルはダイスケの回答に少し考え込む。
時間にして数分程度。
そして、ベルは自身の内で結論が出たらしく、顔を持ち上げる。
その瞳にはまっすぐな決意の色が宿っていた。
「わかった。やってみる……だって、自分で決めたことだから」
それだけ言い残すと、ベルは剣を手に、宙に吊られた人形へ向けて再び剣を振り始める。
「あぁ、頑張れ。ベル」
ダイスケはベルの後ろ姿を見ながら、自身の過去を思い返していた。
この世界にやって来る前の自分は、学校に通っていながらも夢も目標もなく、ただ惰性に時間を過ごしていた。
それが今ではやりたいことが山ほどあるのに、学ぶべき場所がない。
勉強したいと思った時に、その機会がない。
運命とは皮肉なものだ。
もし、元いた世界に戻れたのなら、もっと勉強をして、大学に行きたい。
そして色々なことを学び、人々のために役立てたい。
今となっては叶わない願いだとわかってはいる。
それでも、ダイスケはそう思わずにはいられなかった。
「……せめて、俺みたいに後悔はしないでくれ」
つぶやくように放たれたダイスケの言葉は、ベルに届くことなく虚空へと消えゆくのだった。
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