第22話 ニアミス
「……こんなものかな」
布で作った即席の袋を両手に提げながら、ダイスケは一人つぶやいた。
袋の中には数日分はあるであろう食糧が詰められており、顔をのぞかせている真っ赤なフルーツは日光を反射してキラキラと輝いて見えるほどだ。
今現在、ダイスケがいるのは森の小屋から最も近い集落――ウッドアンクルだった。
他に選択肢がないというのもあるが、王都の兵たちが訪れた後ということもあり、捕まる危険性が低いと思われることも選ばれた理由の一つだ。
「さて、用事も済んだことだし、戻るとしよう――ん?」
小屋へ戻るため、踵を返そうとするダイスケだったが、偶然目に入ったある人物の姿に動きを止める。
視線の先にあったのは、木こりらしき二人組の大男に熱心に話しかけている、一人の兵士の姿だった。
幾度も目にしてきた装いなので、見間違いということはないだろう。
兵士が一度赴いた土地にもう一度やってくることは、別に珍しいことではない。
それだけであればダイスケも気づかぬフリをして、何食わぬ顔でその場を後にしていたことだろう。
にもかかわらず、ダイスケが足を止めたのは兵士がたった一人で聞き込みをしていたからに他ならなかった。
通常、兵士は組織に属するものである。
それ故に、不測の事態に備えて複数人で行動するのが任務を遂行する上での常識だ。
ダイスケたちが食事中に出くわした時も、話しかけたのは一人だったが、すぐ近くに別の兵士の姿はあった。
ダイスケは周囲に目を配ってみるが、それらしき仲間の姿は確認できなかった。
報告のために先に帰還したと考えることもできるが、それでは一人で聞き込みを行うという行為に説明がつかない。
一番可能性が高いのは非番の兵士が独自に調査を行っているというものだが、休みを返上し、しかも鎧を身に着けてまですることなど想像もつかない。
それ故に、この兵士に純粋に興味を持ったというのが、正直なところだった。
ダイスケがじっと眺めていると、聞き込みが終わったのか兵士は深く頭を下げ、木こりたちはどこかへと去っていった。
すると休む間も惜しいといった感じで兵士は周囲を見回す。
顔立ちはどこか幼さが残るが、強張った表情もあって相殺されているような印象だ。
それに加え、少し伸びた茶色の髪からも、どこか親近感のようなものを覚える。
ベルと一緒に旅をしていたせいだろうか。
そんなことを考えていると、不意に兵士の青年と目が合った。
さすがにここで逃げるような真似はできない。
それこそ不審者と判断され、応援を呼ばれてゲームオーバーだ。
こういう場合は堂々とするに限る。
「あの、すいません。ちょっと聞きたいのですが――」
ダイスケのすぐ目の前まで近づいてくると、兵士は相当急いているのか名乗りもせずに本題を切り出してきた。
その様子にますます興味がわいたダイスケは、感情を抑えた低い声で応対をした。
「この集落の者ではないですが、それでいいなら……」
「ありがとうございます。実は人を探しているのですが――」
了承を得られるや否や、兵士はまくしたてるように言葉を連ねていく。
どうやらダイスケが探し人というわけではないようだ。
内心安堵するダイスケに対し、兵士はすがるように探し人の容姿を説明していく。
「背はこのくらいの女の子で……髪は茶色で短くて、私の妹なのですが――」
そこまで耳にした瞬間、ダイスケの背筋に稲妻のような衝撃が走る。
薄々感じてはいたが、恐らく、この兵士はベルの兄なのだろう。
ベルから聞いた話では王都で騎士をしているはずだが、恐らく兵士にはなれたものの騎士になれずに今もくすぶっている――といったところではないだろうか。
「……それで、何か知っていたら教えてもらいたいんです。お願いします」
初対面にも関わらず、深々と頭を下げる青年。
そのなりふり構わぬ姿勢に、ダイスケの心は大きく揺さぶられる。
ここまで必死になっている彼になら、ベルの身の安全くらいなら教えてもいいのではないだろうか。
しかし、口を開きかけたところで、理性がブレーキを掛ける。
これがきっかけで事態が悪転してしまう可能性は十分にある。
念のため、ここは慎重に答えなくては。
逡巡した結果、ダイスケは言葉を選びながら、ゆっくりと口を開く。
「いや、それらしき少女などいくらでも見てきたからな」
「そう、ですか……すいません」
あからさまに落胆する青年。
その姿に、ダイスケの口から用意していなかった言葉が不意に飛び出す。
「随分とやつれているようだが、何か事情でも?」
不意を突かれたのは青年も同様だったらしく、目を見開く。
そして数秒ほどの間を置いた後、青年は自らの思いを絞り出すように身の上を語り始めた。
「その……俺と妹は田舎の貧しい家の生まれで、幼い頃に両親も蒸発してしまって……」
青年の口から滴り落ちる重い言葉。
家が貧しいばかりか、両親まで不在ともなれば、相当苦しい生活をしてきたのは間違いないだろう。
孤児などを引き取る施設もないわけではないが、それはある程度大きな町での話。
ラインヘッドのような小さな田舎町では、無論あるわけがない。
そういった意味では、通常の兄妹よりも強い思い入れがあるというのも無理のない話だ。
同情と切なさで胸を詰まらせるダイスケ。
一方青年は力なく笑いながら自らの思いをつづる。
「それで、なんとか妹に楽な生活をさせようと、せっかく王都までやってきたのに……まさか、それがこんな仕打ちなんて……救いは、ないのかなって――」
感極まり、目元に涙を浮かべる青年。
そんな彼に対して、ダイスケは目を細めて、激励の言葉を贈る。
「これは、俺が言うべきかわからないが……悔いのないように行動したらいい。自分で決めたものが、最善の選択だ」
ダイスケの言葉に、青年は沈みかけていた顔を上げる。
そして、憑き物が取れたような清々しい顔でお礼の言葉を述べた。
「ありがとうございます。俺、諦めずに頑張ります」
満足げに青年の言葉を受け止めたダイスケだったが、別れ際に更に一つ、問いかける。
「まぁ、師匠の受け売りだけどな……そういえば、君の名前は?」
「俺ですか? 名はアレクといいます」
アレクと名乗った青年に対し、ダイスケは柔らかく微笑むと軽く肩を叩いた。
「頑張れよ、アレク――」
「――はいっ!」
その後アレクと分かれ、ウッドアンクルを後にしたダイスケは、小屋までの道のりで先程のやりとりを思い返す。
今になって思えば、どうしてあんな危険な真似を冒してしまったのか、不思議でならない。
この先のどこかでベルと一緒にいるところを見つかったりしたら、修羅場は避けられないだろう。
気まぐれと言えばそれまでだが、今後は絶対に控えた方がいいことであるのは確かだった。
しかし、そんなダイスケの心中は、今後に控える憂いとは裏腹に、頭上に広がる晴天さながらに爽やかで、澄み切っていた。
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