第20話 追手

「すまない、ゼノウォールの者だが、話を聞かせてもらえるだろうか?」

 そこに立っていたのは、数名の兵士だった。

 灰色の鎧といい、旗に描かれた緑色の紋章といい、本物と見て間違いないだろう。

 それを目にしたダイスケの顔にも、自然と緊張の色が表れる。

 雰囲気の変化を察してか、ベルも口を閉ざす。

 足音と共に、鎧が奏でる金属音が近づいてくるのがわかった。

「人を探しているんだが――」

 中央の席で談笑していた男たちに兵は声を掛ける。

 このままでは、ダイスケたちのテーブルまでやってくるのは時間の問題だ。

 かといって今席を立つのも不自然すぎる。

 強引に振り切って逃げるというのも三人では無理だろうし、リスクが高すぎる。

 注意を逸らすにしても、手元にあるものでは難しい。

 どうにかして、この場を切り抜ける方法を模索するダイスケだったが、そう簡単に妙案などでてくるわけもない。

 素早く視線を泳がせて、脱出の足掛かりを探すダイスケ。

 だが見つかったのは、優雅にミルクを口にするステラの姿だった。

 タイミング的にも、これをステラが仕組んだものとは到底考えづらい。

 突然のアクシデントと考えるのが自然であるが、それにしてはステラの態度は落ち着きすぎているのではないだろうか。

 旅を共にする仲間だというのなら、せめて何かしらの手立てを示してくれてもいいはずだ。

 結局、ステラにとっては所詮他人事ということなのだろうか。

 そう思うと、ますます焦りが募ってくる。

「おい、こんな時にそんな――」

 声を潜めながらも詰め寄ろうとするダイスケだったが、ステラはそれを軽く制してウインクをした。

「大丈夫だ。ここは私に任せてくれればいい。それより自然に食事をするんだ」

 手立てがない以上、ここはステラを信じるしかない。

 ダイスケは煮え切らない気持ちのまま、ベルへと目を向ける。

「……何かあったら、恨むぞ」

 ダイスケに促されるまま、ベルも食事を再開する。

 緊張のせいか、肉もイモも味が薄く感じる。

 ミルクを口に含んでも、まるで水でも飲んでるみたいに味気ない。

「二人とも。そんな硬い表情じゃ、大丈夫なものも大丈夫じゃなくなってしまうだろ?」

「いや、そんなこと言われても――」

 なおも言い返すダイスケに対し、ステラはアゴに指を当て、数秒ほど考えるとテーブル上に置かれたナプキンへと手を伸ばした。

「何をするつもりだ?」

「まぁ、見ているがいい」

 ダイスケの問いかけに、ステラは目線を返すことなく、手元でナプキンを折り込んでいく。

 そして1分も経たない内にステラは手を止める。

「うわぁ、すごい、お花だ!」

 ベルの声がテーブル越しに飛んで来る。

 ナプキン製ということもあり白一色ではあるが、ちゃんと花弁と中心部が作られていて花の形状になっている。

 大分前に折り紙の文化を伝えたことはあるが、ここまで進歩しているとは思わなかった。

 それに、いざ実物を目の当たりにすると、感慨深い。

「ほら、二人ともやってみたらいい。案外集中できるぞ」

 ステラに言われるがまま、食事の席で折り紙ならぬ折り布教室が始まった。

 ベルは時折ステラにたずねたりしながら、比較的楽しげに花作りに勤しんでいる。

 そこには先ほどまでのいがみ合う姿などどこにもない。

 むしろ姉妹ではないかと思えるほどの、仲睦まじささえ感じる。

 切り替えが早いベルに、頼られると喜ぶステラ。

 競い合うことも多いが、相性自体はよいのだろう。

 女性陣の様子に安堵を覚える一方、ダイスケは集中しきれず、不格好な花しか作れずにいた。

「……おい、ダイスケ。わざとじゃないよな?」

 ステラの憐れむような視線がダイスケに突き刺さる。

「う、うるさい。もういいから、俺は飯を食べるぞ」

 そこで湧き上がる女性陣の笑い声。

 ダイスケは不服そうにスプーンを口に運ぶ。

 結果として和やかな雰囲気が訪れ、当初抱いていた不安はどこかへ消え去っていた。

 そこへ、まるで見計らったかのように冷たい気配が足音を伴って近づいてくる。

「食事中すまない。聞きたいことがあるのだが――」

 ダイスケのすぐ脇に立ち、話しかけてくる兵士。

 ステラからすべて任せるよう言われたが、ここは答えるべきなのだろうか。

 無言を貫くのも不審に思われるだろうし、少しくらいは言葉を交わした方がいいのかもしれない。

 幸い、この兵は顔を見ても気付かなかったようだし、チャンスはありそうだ。

 そしてダイスケがおもむろに口を開こうとした瞬間、投剣でも飛ばすようにステラが口を開いた。

「彼は私の連れだ。随分と深刻そうな面持ちだが、何かあったのか?」

 突如として飛び込んできたステラの言葉に、兵士は視線を声の源と向けた後、慌てて姿勢を正す。

「これはステラ研究部長、失礼しました!」

「堅苦しい態度は不要だ。それで、用件は何だ?」

「はっ! 現在、とある若い男を探しておりまして。ステラ研究部長はすでにご存じかと思いますが……」

「あぁ、あの件か。残念ながら見てはいないな。見ていたら連絡していただろうしな」

「仰る通りです。失礼しました!」

 兵士の男は深く頭を下げると、そのまま踵を返して戻っていった。

 遠ざかっていく足音と鎧の擦れる音に、通行止めになっていた安心感が胸の中へと一気に流れ込んでくる。

 それが伝わったのか、人形のように大人しかったベルもすぐに元気を取り戻し、ステラに拍手をする。

「すごいすごい、ステラかっこよかった!」

「ふっふっふ。もっと褒めてもいいんだぞ」

 ベルに褒められて気が大きくなっているのか、ステラは満足そうに胸を反らし、笑う。

 兵たちと話をしていた時のような威厳に満ちた姿は見る影もない。

 きっと、これが素のステラなのだろう。

「助かったよ。でも、あんなこと言っちゃって平気なのか?」

 礼を述べながらもステラの発言を心配をするダイスケ。

 するとステラはダイスケの顔をまっすぐと見つめて答えた。

「問題ないさ。密告よりも、これから始まる旅の方が大事だからな」

 ステラにとっては、既に心に決めていたことで、あの場面であのように答えるのは当然のことだったのだろう。

 ただ、それでもステラの言葉にダイスケの心が強く揺れ動かされたのは事実だった。

 ダイスケは胸の内を感情のままに告げ、手を伸ばす。

「ありがとう、これからも、どうぞよろしく。ステラ」

「こちらこそよろしく。優雅な食事の再開だ」

 ステラもダイスケの手を取り、力強く握手をする。

 再び賑やかさを取り戻した酒場は、時間の経過と共に再び日常へと戻っていく。

 しかしベルだけは、仲睦まじく談笑をするダイスケとステラの姿を直視することができず、一人黙々と手元のナプキンを折り続けるのだった。

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