第14話 暗雲

「ゆ、夢か……」

 硬めのベッドの上で目を覚ましたダイスケは、ゆっくりと上体を起こす。

 窓の外へ目をやると、空には星がまたたき、今が日没後だということを教えてくれていた。

 宵闇の度合いと街の賑わい度合いからも、それは間違いないだろう。

「それにしても、懐かしい夢だったな……」

 今までの転生でも、ここまで直接的な記憶の夢は見たことがなかった。

 それもやはり、ベルと出会い、旅に出たせいに違いない。

 だが、いつになってもあの当時の夢は心臓に悪い。

 気付かぬうちに噴き出ていた額の汗を手の甲で拭いながら、ダイスケは乾いたノドを潤そうと手近なテーブルに手を伸ばした。

「水か。ほら、これを飲むといい」

「あぁ、ありがとう」

 完全に覚醒しきっていない意識のまま、ダイスケは差し出されたグラスを受け取る。

 モヤがかかったようなグラスには透明な液体が半分ほど注がれていて、その液面を揺らしている。

 ダイスケはその動きを少しの間眺めた後、一気にあおった。

 程よい冷たさが、まろやかな風味と共に口から喉へと流れ込んでいく。

 身体の内側から浄化されていくような安堵感に、ダイスケの口からは吐息が漏れる。

「ありがとう、美味しかったよ」

 グラスを返しながら、ダイスケは渡してくれた人物の顔を見た、その時だった。

「えっ、ちょっとおま――」

 反射的に叫び声を上げかけたダイスケの口を、女性の小さな手が思い切り塞いでいた。

「騒ぎにしたくはない。だから叫ぶな、いいか?」

 有無を言わさぬ迫力に、ダイスケは小刻みに何度もうなずく。

 それを確認した後、その人物は手を放し、窓際に寄りかかった。

 外から差し込む月明りが、その女性の顔をぼんやりと照らし、ツインテールの髪を月光色に染め上げる。

「……また会ったな。ダイスケ」

 その人物は、ダイスケたちが昼間魔法協会で出会った小柄な女性――ステラに違いなかった。

「ど、どうして、ここに?」

 慌ててベッドから降り、ステラと距離を保ちながら、ダイスケはたずねる。

 するとステラは昼出会った時と同様に腰に手を当て、胸を張りながら自信に満ちた顔で経緯を語り始めた。

「簡単なことだ。ダイスケは昼間の会話を覚えているか?」

 昼間の会話といっても、この場所が特定できるような内容はなかったはずだ。

 ダイスケは腑に落ちないといった顔をしながらも、ゆっくりとうなずいてみせる。

 それを確認すると、ステラは小さく咳払いをして、話を続ける。

「人口の多いこの王都だが、旅人か住人か見分ける方法は簡単だ。魔法やこの国の歴史といったものに対する反応を見ればいい」

「……反応?」

「その通り。特にベル……だったか。あの子はわかりやすくて助かった。すぐに旅の者だとわかったよ」

 ベルの様子を改めて思い出してみるが、確かにあれはわかりやすい反応だったといえる。

 とはいえ、あれだけの時間とやり取りでそれを察するステラは、やはり只者ではない。

 ダイスケは改めて気を張り、ステラの様子をうかがった。

 ステラは、ダイスケの変化に気付いていないのか、それとも自らの弁に陶酔しているのか、熱の入った言葉で自論を語っていく。

「ではこの国で小さい子が宿泊できる施設はどこか。具体的に個室がある比較的治安の良い場所で値の張らない場所となれば、おのずと答えは出るものさ。特に、個室のある宿は数が少ないからな」

 一通り話し終えたところで一息つくと、ステラはダイスケをまっすぐに見据えた。

 ところで――と、ステラは続ける。

「ダイスケ、君は英雄様なんだろう?」

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