第12話 魔法協会
賑やかな街路とは一変、魔法協会の扉の先には、青色で統一された涼感漂う空間が広がっていた。
一目見ただけでも、ダイスケたち以外に来客はなく、澄ました顔で座っている、三つ編みの髪が印象的な受付の女性がいるくらいだ。
受付の脇に広がるホールでは、惑星を模したようなオブジェが、プロジェクションマッピングさながらに幻想的な挙動をしていて、まるで異空間に迷い込んでしまったのではないかという錯覚さえ抱いてしまいそうになる。
数歩歩くだけでも足音が室内に響いて、罪悪感にも似た気持ちが湧き上がってくる。
その空気感に呑まれてか、ベルも強張った面持ちでダイスケの隣を、恐る恐るといった様子でついて歩いていた。
だからといって、このまま何もせずに帰るという選択肢はない。
ここには大事な用があるのだから。
「あの、魔石が手に入ったので買い取ってもらいたいんですが――」
ダイスケは受付の女性にそう告げると、荷袋から魔石を取り出し、受付台の上に直接置いた。
受付の女性は眼前に置かれた魔石とダイスケの顔を交互に見比べると、すっくと立ち上がる。
「わかりました。精査しますので、そちらのホールでお待ちください」
それだけ言い残すと、女性は小鳥でも抱えるように魔石を手に取り、そのまま背を向けて受付奥の扉へと消えていった。
扉が閉まる音が響いたかと思えば、すぐにまた静寂が周囲に群がってくる。
このまま待っていてもいいが、せっかくホールで待つよう言われたのだし、そこで時間を潰すのも悪くないだろう。
「ほら、ベルもいつまでもここに立ってても退屈だろうからホールに行くぞ」
「う、うん……」
ダイスケが促す形で二人はホールへと足を進める。
入り口付近から見ても相当なサイズだったオブジェクトは、近くで見るとより大きく見え、その迫力に思わず息をのむ。
この世界で様々なものを見てきたダイスケでもそう感じたのだから、小さな村から出てきたベルにとっては相当な衝撃を受けたことだろう。
案の定、口を大きく開けたまま、ベルは規則的な変動を続ける謎のオブジェクトに見入っていた。
そして、ベルの手が自然と伸びていく。
一応客人へ見せるためのものだろうが、触るのはまずいのではないだろうか。
「おい、ちょっと触るのは――」
慌ててダイスケが注意しようとした、その瞬間だった。
ベルとも、先程の受付の女性のものとも違う、金管楽器のような声が背後から奏でられる。
「それは触らない方がいい。自動で動いているから指を挟んでも止まらないからな」
止まらないという言葉に、ベルの手の動きはピタリと止まる。
もしそれが本当であったなら、危ないところだった。
声の主はこの物体の構造に詳しいみたいだが、一体何者なのだろう。
ダイスケはベルと共に、声の主を求めて後ろを振り返る。
そこに居たのは、白衣を羽織った、透き通るような金のツインテールが目を引く、小柄な少女だった。
身長から察するに、年齢もベルと大差ないように思える。
別段、見入っていたり、没頭していたりしていたわけではないが、足音は聞こえなかった。
となると、最初からその場にいたのだろうか。
そんな疑問を抱きながらも、ダイスケは口をつぐみ、少女の顔を見る。
少女はというとダイスケの視線に気づいていないのか、はたまた眼中にないのかベルの顔を見つめながら、ゆったりとした足取りで近づいてくる。
ダイスケたちの放ったものとは違う、軽やかな足音がホールの天井へと昇っていく。
そして手を伸ばせばすぐ顔に触れられる位置まで来ると、少女は足を止め、口を開いた。
「このでかい物体が何か、気になるか?」
少女の問いかけに、ベルは首を縦に振った。
すると、少女はその人形のような整った顔を思い切りニヤつかせながら続ける。
「そうかそうか。なら、教えてあげよう。これは魔動天球といって、この動いている軸の部分から球体へ魔法で映像を映し出しているんだ」
「へぇ……すっごい」
少女の説明を受け、ベルは再び魔動天球と呼ばれる巨大な球を見上げる。
ぽかんと口が開いてしまっているが、そこは指摘しないのが優しさだろう。
ベルの感心した声に気をよくしたのか、少女は更に饒舌に天球について語り続けた。
「で、何でそんなものがここにあるかというとだな、我が王都の魔法技術の高さを客人へと見せつけるためでもあるのだ。他の都市でも魔法技術を研究しているが、ここまで大型の物体を制御できるのは今のところウチだけだしな」
どうだと言わんばかりに少女は腰に手を当て、身長に見合った胸を張る。
ベルも自慢する時はこんな感じだったし、最近の子供はみんな、こうなのだろうか。
一人うわついた思考に入っているダイスケだったが、それを呼び戻したのはすぐ隣から上がった拍手の音だった。
音の源では、ベルが少し興奮した様子で手を叩いている。
その様子を見て、ダイスケはハッとした。
ダイスケにとって、今教えてもらった知識すら、既知の事柄の一つに過ぎない。
故に、感動も何もなかったのだが、ベルにとっては違う。
初めて知る世界の真実が、感動と共に記憶に刻まれている最中なのだ。
いつの間にか、知識も思想もこの世界に染まっていたらしい。
時の流れと共に変わってしまった自身に寂しさを覚えながらもダイスケは、その感情を表に出すことなく、少女へ礼を述べる。
「ありがとう、お嬢ちゃん。随分物知りなんだね」
お礼の一環として、少女の頭を撫でようとダイスケが手を伸ばした、その時だった。
少女の顔が瞬時に険しいものへと変化し、素早い所作でダイスケの手を払い退けた。
「子供扱いするな! 私の名はステラ。こんな見た目でも歳は19、立派な大人だ!」
「そっ、そうなのか……それは、ごめん」
ステラと名乗った少女の迫力に気圧されて、ダイスケは反射的に謝罪の言葉を伝えた。
「まったく……悪気がないのはわかったが、次からは気を付けてくれよ」
ステラは腕を組み、溜息と共にそう告げる。
激昂しているというわけではないみたいで、少し安心した。
その辺りは、自称する通り、さすが大人といったところだろう。
だが、そこへ火に油を注ぐがごとく、ベルが正直な言葉を放った。
「へぇ……アタシと同じくらいの背なのにね」
「おい馬鹿っ!」
ダイスケは慌ててベルの口を塞いで、ステラの顔色をうかがう。
「……今回だけは、許してあげるわ」
ステラの対応に、思わず安堵の息を漏らす。
目は全然笑ってなかったけど、口元がピクピク動いてたけど、怒って追い出されなかっただけ御の字だと思いたい。
今になって思えば、白衣を着ていたわけだし、この施設の関係者である可能性は十分に考えられたはずだ。
それで何かしらの騒ぎにでもされたりしたら、それこそ身元の証明を求められてしまいかねない。
王城では決まりきった来賓ばかりということもあって、審美眼を磨いてこなかった。
その弊害がここにきて顕著に表れてしまったともいえる。
今後、旅を続けるなら、人を見る目というものも、改めて磨きなおさなくてはいけないだろう。
そういう意味では、今回のステラの大人の対応には、感謝をしておくとしよう。
ダイスケが一人安堵しているところへ、ステラは相変わらず不機嫌な眼差しのまま声を掛けてきた。
「それで、見たところ王都の人間じゃないみたいだけど、名前は?」
一瞬ドキッとはしたが、さっきの対応からも問題にされることはないだろうと、ダイスケは素直に答える。
「俺はダイスケ、そしてこっちがベルだ」
「ベルです。よろしくね、ステラちゃん」
本人に悪気はないのだろう。
それはわかっているのだが、ベルのフランクな態度は、どうも心臓に悪い。
特に、ステラのような気難しそうな相手には。
「ちゃんを付けるな。幼く思われるだろうが!」
まるで勇猛な小型犬のように、ステラはベルへと吠える。
しかしすぐに咳ばらいをすると、改めてダイスケへと向き直り、ステラは昔を懐かしむような、穏やかな口調で語り始めた。
「それにしても、ダイスケか……この街でその名前を聞くと不思議な気持ちになるな」
「それって、英雄の名前と一緒だから、とか?」
自身のことというのもあり、だいぶ気まずかったが、無言でいるわけにもいかず、ダイスケは平静を装ってたずねる。
ところが、ステラから返ってきたのは予想外の言葉だった。
「そうだな。英雄様は、私にとって命の恩人みたいなものだからな」
そう言うと、ステラはおもむろに顔を上げ、駆動を続ける天球に目を細める。
「お前たちは旅人だろうが、英雄様がこの国の文化と技術の発展において重要な存在だということは知っているか?」
「うん、一応は……」
自信なさげにベルが答えるが、その相槌でもステラには十分だったらしく、大きくうなずいて話を続けた。
「英雄様がいた世界にあったという、学校という制度。そのおかげで私は魔法という才能を見つけることができたし、こうして一般以上の生活をすることができたんだ。感謝以外ないさ」
「でも、それは英雄というより、ステラ自身の努力の結果じゃ……」
間接的に褒められていることもあって、照れ臭さからダイスケは遠回しに否定する。
するとステラは達観したような穏やかな笑みで首を横に振った。
「それは違うさ。私の努力は学校に入ってから。英雄様がいなければ、その環境すら私にはなかったからな」
ステラの放った屈託のない笑顔に、ダイスケはそれ以上言葉を続けることはできなかった。
自分は、ただ今までいた世界の出来事を伝えただけだ。
それなのに、それを全力で喜び、感謝してくれる人がいる。
それだけでも、この世界に来た価値はあったのではないだろうか。
「そうそう、この白衣とやらも英雄様のいた世界の文化らしいぞ」
思い出したようにステラはそう口にすると、その場でくるりと回ってみせる。
金色の髪と一緒に白衣がたなびいて、まるで天女の舞いでも見ているかのようだ。
しかしダイスケは、ステラの放った言葉に疑問を抱いていた。
「……白衣が、文化?」
そんなことを果たして言っただろうか。
確か白衣を着るみたいなことを言った記憶はあるような気もするが、文化というより汚れが目立ちやすいとか、そういった理由だった気がするんだが。
一体どこで情報が変遷してしまったのだろうか。
「あぁ、まずは形からってことで、ここの研究員はみんな白衣なんだ」
これ見よがしにポーズをとるステラ。
その表情から察するに、完全に信じ込んでしまっているのは間違いないだろう。
一応、指摘はした方がよいのだろうか。
少し考えた挙句、ダイスケは指摘をしないことにした。
楽しそうに話している彼女を邪魔したくないという気持ちももちろんあったが、それ以上に、指摘をすることで正体がバレてしまう危険をはらんでいたからだ。
「……そう、か。それは、勉強になったよ」
無難に言葉を並べ、ダイスケは自身の思いを胸の内にしまう。
対してステラは途端に憂いを帯びた表情を浮かべると、ダイスケを真っ直ぐに見据えた。
「あぁ、気が向いたら、また来るといい」
それは子供の見せる寂しい表情などではなく、紛れもない大人の哀愁溢れる顔だった。
――この人をなんとか守ってあげられないだろうか。
不意に訪れた胸を締め付けられるような感覚に、ダイスケは思わず手を伸ばしそうになる。
それを阻んだのは、ホールに響き渡る、若い男性の声だった。
「あっ、ステラさん! またここに居たんですか、よかった。客人がいらしてますので、お戻りください」
遅れてドタドタという足音が、研究員らしき男性を引き連れてホールへと到着する。
格好はステラの言っていた通り、白衣姿だ。
ただ、ステラほど着こなしてはいないらしく、行動の端々に硬さが表れてしまっているのが丸わかりだ。
「――と、いうことらしいから私は失礼するよ」
最後、ステラは軽く手を上げあいさつをすると、駆けてきた男性研究員と共に奥に続く通路へと消えていった。
「変わった人だったね」
呟くように放ったベルの声に、ダイスケは返事をせず、無言を貫いた。
そこへ今度は受付の方からハスキーな女性の声が聞こえた。
「魔石の査定が終わりましたので、先程の方、こちらへどうぞ」
ダイスケはベルと目を合わせると、互いに小さくうなずき、受付へと向かう。
受付の台上には、不愛想な受付女性の顔と、銀色の硬貨が数枚並んでいた。
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