第11話 王都

 男の姿が雑踏に呑みこまれ、完全に消えたところで、ダイスケは再び息を吐き、手にした布へ視線を落とす。

 確かに手触りも滑らかで、意匠も凝っている。

 ただ、男性が身に着けるには少し華やかすぎるのではないだろうか。

 元々、脳内にあった女性のイメージで選んだ品であるのだから当然ではあるのだが、使い道については全然考えが及んでいなかった。

 だからといって、礼品をそのまま売りに出すのも気が引ける。

 荷袋の中にしまっておくだけというのも、宝の持ち腐れだ。

 こうして考えると、旅において実用品以外の荷物の扱いは難題なのかもしれない。

 ダイスケが礼品の扱いについて考え込んでいると、遠くからベルの声が飛び込んできた。

「お待たせ。ぼーっとして、どうかしたの?」

 ダイスケの視線がベルの顔へと向けられる。

 瞬間、礼品の布がベルのイメージと見事に合致した。

「そうだ、これはベルが着けるといい」

「へっ? アタシ? 何が?」

 己の顔を指差しながら間の抜けた表情を浮かべるベル。

 そこへ一切の反論を与える隙もなく、ダイスケは流れるような動作で、手にした布をスカーフのようにベルの首へと巻き付ける。

「これは、そうだな……冒険者のファッションみたいなものと考えてくれていい……よし、できた」

 そう言うと、最後に首が締まらない程度に加減をして結び目を作り、ダイスケはうなずく。

「ふぁっしょん……これが……」

 ベルは首元に手を当て、スカーフの感触を確かめると、まんざらでもない顔で胸を張った。

「――悪くないじゃない」

 ベルの見せた子供らしい態度に、ダイスケの顔にも自然と微笑みが漏れた。

「あぁ、似合ってるよ」

 ダイスケの言葉を耳にした途端、ベルの顔は驚きを浮かべ、赤く染まる。

 今まで褒められたりした経験がないのだろう、その姿すらも愛らしく思えてくる。

 どれだけ活発で勝気な性格であっても、根は少女なのだ。

「じゃあ、早速行こうか」

 ダイスケはベルに手を差し出し、エスコートを試みる。

 そして素直に手を取ったベルと共に、大勢の人が行き交う大通りへと足を進めた。

 離れてしまわぬよう、しっかりと互いの体温を繋ぎ合わせながら、ダイスケは先導していく。

 ベルも、そんなダイスケの隣で王都の空気感を味わいながら、目に入る景色を瞳に映しこんでいく。

 気品あふれる通行人。

 頭上に並ぶ、オシャレな看板の数々。

 清水のように淀みのない人の流れ。

 それらは、ダイスケにとっても新鮮そのもので、自然と足取りも軽やかになっていく。

 きちんと意識をしていなければ、走り出してしまいかねないくらいの気分の高揚だった。

 だが、そんなダイスケの歩みにブレーキをかけたのは、袖を引っ張るベルの腕だった。

「どうかしたのか?」

 一体何事かと振り返り、ダイスケはたずねる。

 すると、ベルは問いに答えることなく、ダイスケの背後に隠れるように身を預けてきた。

「お、おいっ、ちょっと――」

「いいから、そのまま歩いて」

 首の裏から聞こえてくる小声に、ダイスケは眉をひそめながらも、言う通り歩き続ける。

 背中にピッタリと身体をくっつけられていることもあって、正直歩きづらい。

 せめて、理由くらいは聞かせてほしいのだが、ベルは口を開くことなく黙々と背中を押してきている。

 さすがにイライラしてきて、無理にでも足を止めて問いただそうと思い始めた時、その理由が明らかになった。

 急に濃くなった人の密度。

 周囲の人にぶつからないよう注意しながらも、その原因を求めてダイスケが目線を向けると、そこには悠然と歩みを進める白銀の鎧が目についた。

 間違いない、王都の騎士だ。

 ――その場に立つだけで悪党は逃げ出し、街を歩けば自然と道が出来上がる、正義の象徴。

 城下での姿は、噂では聞いたことがあったが、まさか目にすることがあるとは思わなかった。

 恐らく、ベルが姿を隠そうとしたのもこの騎士が原因だったのだろう。

 人の壁で顔こそ確認できなかったが、ある種幸運だったかもしれない。

 万が一にもベルの兄に姿を見られたならここまでの努力が無に帰してしまうのだから。

 緊張の瞬間から数十秒後。

 ダイスケの推測は当たっていたらしく、騎士が後方へ姿を消した辺りで、ベルはようやく、ダイスケの隣という定番の立ち位置へと戻る。

「あんまり気にしすぎない方がいい。不穏な動きってのは看破されやすいからな」

 軽い警告のつもりで放たれた、ダイスケの言葉。

 ところがベルから返ってきたのは素直な反省の言葉などではなく、彼女らしい強情な言葉だった。

「仕方ないでしょ、突然だったんだから。それに言うなら先に言ってよね!」

「わ、わかったって。だから大声を出すなって」

 周囲の目が気になることもあって、ダイスケはベルをなだめようと努める。

 ただ、この場においてその行動は悪手だった。

「大声を出すな? そもそもそっちの落ち度じゃない! 手を取って歩くなら最初から危険にならないよう案内してよねっ!」

 油を放り込んだ焚き火みたいにベルのボルテージは急上昇していく。

 元々ベルが気にしていた問題だったこともあって、怒りは当分収まりそうもない。

 さすがに周りの人々も異変を感じ始めたらしく、少し距離を置いて遠巻きに様子をうかがい始めている。

 ――これは、まずい。

 しかも厄介なことにケンカと勘違いした者がいたらしく、人を呼ぼうとする声が遠ざかっていくのが聞こえた。

 兵や騎士を呼ばれたら事情聴取から強制送還まで確定してしまいかねない。

「わかった。俺が悪かったから、とりあえずこっちに!」

「ちょっと、話はまだ――って、うわっ!」

 半ば強引にベルの身体を引き寄せると、抱きかかえる形でダイスケは人混みへと突進する。

 人々が避け、目の前に道が作られていく。

 そこをダイスケは自身の記憶を頼りに、ひたすらに走った。

 大通りを脇道に抜けて曲がること2回、路地の突き当りを左へと曲がって、後はひたすら直進を続ける。

 そして、すれ違う人々を避けながら走り続けて数分が経過した後のこと。

「――よかった、着いた」

「ちょっと、一体どこに……って、何なの、ここ?」

 幾らかヒートゲージが落ち着いてきたベルに対して、ダイスケは呼吸を整えながら建物の前に掲げられた看板を指差す。

 閑静な路地の一角でダイスケが足を止めた先――そこには白い石壁と天へそびえる紺色の鋭い屋根が印象的な建物――王都魔法協会の本部がどっしりと構えていたのだった。

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