第7話 英雄の力

 店を出てすぐ脇の路地で、ダイスケと二人組の男は対峙していた。

 大通りと違い、人の通りもほとんどなく、誰かを巻き込むという心配もない。

 決闘をするというのなら、悪くない場所だ。

 難点を挙げるなら、路地の幅が狭いというところくらいだろう。

 両側に建物の外壁が連なっていることもあり、通行する分には困らないが、武器を振るったり、背後に回り込むといった動作は困難を極める。

 それらの環境的難点を理解しているのかいないのか、男共は武器を手にダイスケを待ち受けていた。

 腕太の男は棍棒を、ニヤけ顔の男は木刀を杖代わりに最終通告を行う。

「今ならまだ許してやってもいいけど、どうする? 謝るか?」

 勝ちを確信しているのだろう、殺気はまるで感じられず、隙だらけだ。

 だが、今はそこを指摘しても仕方がない。

 ダイスケはヒザをわずかに曲げて、半身に構える。

 そして迫りくる相手の攻撃に備えて呼吸を整えようとした時のことだった。

「ちょっと、アンタたち、武器を使うなんて卑怯じゃない!」

 自分だけ安全な場所で待っているという状況に耐えられなかったのだろう、ダイスケの背後から、ベルは額に青筋を浮かべて叫ぶ。

 ところが、その威勢も腕太の男が上げた野太い声によってすぐに止まってしまった。

「うっせえぞ、黙ってろ!」

「――ひっ」

 相手は武器を持った自分より大きな人間だ。

 ベルが委縮するのも当然といえるだろう。

 ただ、そのやりとりを悠長に眺めているつもりはない。

「ほら、時間がもったいない。早く掛かってこい」

 ダイスケは手先を返して注意を引く。

 無論、男達は警戒して距離を置くだなんて真似はしてこない。

「この――舐めやがって!」

「その余裕も、これまでだっ!」

 ほぼ同時に振り上げられる棍棒と木刀。

 しかしそれらが振り下ろされる前に、頭上でそれらは動きを止める。

「おいっ、ちょっと、お前――」

「そっちこそ邪魔だろうが、いいから引けって」

 当初の目論見通り、武器を振るおうとした二人は路地の狭さによって攻撃をためらう。

 ダイスケはその瞬間を見逃さなかった。

 ヒザのクッションを使い、一気に距離を詰める。

 そしてニヤけ顔の男の右肘を下から叩き上げ、大きく仰け反らせた。

「なっ!」

 突然の衝撃に男のニヤけ顔は瞬時に驚きへと変わる。

「せいっ!」

 突進の勢いをそのままに、ダイスケはがら空きになった男の腹部へと重い一撃を突き出す。

 この上ないクリーンヒットに、男の身体はくの字に曲がり、そのまま後方へと倒れ込んだ。

「くそっ!」

 腕太の男が棍棒を振り下ろす。

「ダイスケっ!」

 ベルの悲鳴にも似た叫びが響く。

 それでもダイスケは避ける動作を見せない。

 動けないというわけではない。

 右足に力を込め、バネのように左足を男の腹へと突き立てた。

 突然の衝撃に降ってきた棍棒はその軌道を変え、ダイスケの顔のすぐ横をかすめて地面へとぶつかり、男の手を離れて跳ね転がる。

「……ぐ、ぐふっ」

 腕太の男は苦悶の表情を浮かべる。

 背後の壁とダイスケの足に挟まれ、男の腹部は痛々しいほどにへこんでいた。

「う、うぅ……」

 男はなんとかして自らを貫こうとする足を掴もうとするが、その力は弱々しく震えている。

 勝敗は明らかだった。

 そこでようやくダイスケは足を引き抜く。

 腕太の男はその場へ崩れ落ち、腹を抑えながら前のめりに倒れた。

「すっご~い!」

 場に漂う緊迫した空気感を一気に吹き飛ばすようなベルの声に、ダイスケは目を丸くする。

 先ほどの戦闘の興奮が収まらないらしく、ベルは目を輝かせてダイスケに近寄る。

「ねぇ、今のってどうやったの? もしかしてどこかの国の騎士さんだったりする?」

「えっと、その……戦闘経験の多いだけの旅人だよ」

 それだけ告げると、質問攻めをしてくるベルから逃げるように、ダイスケは先ほどの武器屋へと戻っていくのだった。

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