第6話 武器屋

 大通りから町を縦断し、外の街道が見える位置――町の境界までやってきたところで、ダイスケはベルを呼び止めた。

「ベル、ちょっと待った」

「んっ? まだ何かあるの? 早くしないと追いつかれちゃうんじゃない?」

 ベルは振り返るなり、顔をしかめる。

 その様子につい言葉を飲み込んでしまいたくなるが、さすがにそうはいかない。

 これは旅の生命線になりかねない問題なのだ。

「それはそうなんだが、この先は準備なしに出発するのは危険だ。せめて武器でもないと……」

 ダイスケの提言に、ベルは渋い顔をしながらも、最後には溜息を吐き、肯定した。

「確かに、最低限武器は必要かもね。それで路銀だけど……」

 ベルの問いかけに、ダイスケは肩をすくめて首を横に振る。

 その仕草に対し、ベルはうらめしそうな顔をしながら、ぽつりとつぶやくように漏らす。

「……少しなら、貸すわよ」

「助かる。それで、店なんだけど……どこだ?」

 早速武器屋を探し始めるダイスケだったが、人通りが多く中々視界が通らない。

 この手の店は旅人も多い大通りに構えていることが多いので、ないということはないはずだ。

 相変わらずな人の流れに集中が切れそうになる中、不意にベルの声が耳に飛び込んでくる。

「あった、あの路地との角地。あれって武器屋の看板でしょ?」

 指をさして飛び跳ねるベルに、ダイスケは目線の高さを合わせて確認する。

 確かに、剣を模したデザインの赤い看板が店先につられている。

「あぁ、その通りだ。よくやったな、ベル」

「へっへ~ん、アタシだってやる時はやるのよ」

 腰に手を当て、胸を反らしてみせるベル。

 その子供っぽさの残る仕草に、ダイスケは苦笑しながらもベルを促す。

「そうだな、それじゃあ時間も惜しいし、あの店に行こう。はぐれるなよ」

「わかってるわよ。アタシがいないと買えないんだからね」

「おっしゃる通りで」

 ベルの手を取ると、二人は再び通りに溶け込み、武器屋へと抜け出るのだった。


 木製の扉を押し開けると、頭上で来客を報せる鈴が軽やかな音色を奏でた。

 店内に他の客の姿も、気配もない。

 扉が閉まると、外の喧騒は途端に弾き出されて、静かながらどこか物悲しさを覚える、独特な空気が感じられた。

 いや、空気感に酔っている場合ではない。

 今はとにかく、安い武器を手早く購入して、この町を去らなければならないのだ。

 ダイスケは深く息を吐き、改めて店内の様子をうかがう。

 まず目に入ったのは、入り口付近に置かれた、売れ筋商品のテーブルだ。

 短剣やショートソードなど、比較的メジャーな剣が並んでいるが、名工の品なのだろう、どれも値段が高い。

 とてもではないが、買える値段ではない。

 買ったら破産まっしぐらだ。

 右手側には棚があるが、グローブだとか暗器だとかが並んでいるだけで、目当ての品はない。

 左手側はどうかというと、こちらは目当てのショートソードがあるが、高値で手が出ない。

 残る正面はというと、これも長剣や槍といった長物の武器がこれ見よがしに壁に掛けられているだけだ。

 少なくとも、入口から見える位置にはなさそうだ。

「じゃあ、ちょっと探してくるから、適当に眺めていてくれ」

 興味深げにキョロキョロと周囲を見回していたベルにそう言い残すと、ダイスケは店の奥へと足を進めた。 

「あぁ、いらっしゃい」

 突然声を掛けられて、ダイスケは視線だけを声のした方へと向ける。

 そこに居たのは、カウンターから優しそうな眼差しを送る、線の細い白髪交じりの若い男性だった。

 革製の前掛けをしているところからも、恐らくこの店の者だろう。

 どうやら棚の陰になっていてカウンターが見えなかっただけのようだ。

 ダイスケは小さく頭を下げると、店員の前を通り過ぎる。

「この手の店なら、多分あると思うんだけど……」

 独り言をつぶやきながら、ダイスケは店の奥へ目をやる。

「そうそう、あった、あった」

 そこにあったのは、腰の丈まであるタルへと、粗雑に詰め込まれた、見切り品の剣の山だった。

 目当ての品があったことに安堵し、ダイスケは一旦ベルの様子をうかがう。

 ベルはというと、棚に置かれたグローブに興味があるらしく、つついたり角度を変えて眺めたりと、忙しなく動いている。

 小動物のように忙しないベルの様子に笑みをこぼしつつ、ダイスケはタルから剣を抜いてはその刃先を見て厳選をしていく。

「これ……かな……?」

 比較的良さげな一本を手に取り、ダイスケはうなずく。

 切れ味自体はいいとは言えないが、丈夫さは折紙付きと言える一本だ。

「ベル、これに――」

 その時、入店を報せる鈴の音が鳴る。

「あれっ? こんな店に客がいるなんて珍しい」

「しかもこんなちっさい女の子だし」

 声だけでわかる、決して関わり合いになりたくはないタイプの人間だ。

 会話の内容からも、別々の客なのではなく、二人組の男性とわかる。

「お嬢ちゃん、こんなとこに居たら危ないから帰りな?」

「危ないは失礼だって。ほら、背中に剣背負ってるし」

「おっ、そうだな。こんなオモチャみたいな剣で、ネズミ退治でもするのか?」

 子供のような、あからさまな挑発。

 しかも、その対象が年下の少女。

 見たところ、軽装の鎧を着けた冒険者のようだが、それ故にダイスケはより強い憤りを覚える。

 それはベルも同じだった。

 ベル自身も、ダイスケの同伴とはいえ、ラインヘッドからゼノバックまでやってきた冒険者だ。

 言われっぱなしで引き下がるような、弱気な少女であるわけがない。

「ちょっと、今の言葉、訂正してよ!」

 いきなり殴りかかったりはしなかったものの、ベルはかなり語気を強めて詰め寄る。

 大人の男二人を相手に、一歩も引かない様は、幼い故の無謀ともとれるが、見ていて気分がいい。

 だが、相手が悪かった。

 わかっていたことではあったが、ここで言われて訂正するような輩であれば、最初からけなしたりなどしない。

 案の定、下劣なコンビは少女の言葉を嘲笑う。

「訂正だってよ。元気があっていいな」

「事実を言ってるだけだものな、訂正のしようがないって」

 店の中に下品な笑い声が響く。

 それをベルの高く澄んだ声が切り裂いた。

「この剣は、お兄ちゃんの剣だ。それを馬鹿にするのは、許さない! 謝れ!」

 涙こそ流していないが、ベルの声は震えていた。

 怒りと、悲しみと、悔しさとが、声だけで伝わってくる。

 そんなベルの想いも、残念ながら聞く耳を持たない者には届かない。

「謝れだってよ」

「いやいや、別に有名な業物でもないなら、同じじゃね?」

 さすがにこれは言い過ぎだろう。

 こんなことが、店の中であっていいはずがない。

 店員は注意をしないのだろうか。

 ダイスケはカウンター内に座っていた店員へ目を向ける。

 店員はというと、心配そうな顔こそしているものの、注意をするような様子はなかった。

 元より気の強そうな人ではないので、それを責めるのも可哀想というものか。

 それなら、ここは行くしかないだろう。

 ダイスケは手にした剣をカウンターに置き、そのままの足取りでベルの元へ向かう。

「んっ? 何か用か、兄ちゃん?」

 男の一人がダイスケの存在に気付き、顔を向ける。

 背は高いが体格がいいというわけではなく、ニヤついた顔つきからは軽薄な印象を受ける。

 相方の男も同じくらいの背丈だが、こちらは利き腕が太く、そこそこの戦闘経験があることがうかがえる。

「こっちはこの女の子と楽しく話をしてるんだ。部外者は消えな?」

 威圧ともとれる男の言葉だったが、ダイスケにとっては臆病な子犬の遠吠えと変わらない。

「その辺にしておけ。この子相手に威張っても仕方ないだろう」

 落ち着いた、しかし確実に男の態度を非難する言葉。

 ダイスケの言葉が癇に障ったのか、男たちは露骨に不機嫌な顔をして、小さく舌打ちをした。

 だが、すぐに手を出すほど単純ではないらしく、更にダイスケを挑発する。

「騎士様気取りか? そういうのはやられると惨めだからやめておいた方がいいぜ?」

「何よ、ダイスケはお前らなんかより――」

 ベルも我慢の限界だったらしく、争いの輪へと飛び込んでくる。

 しかしながら、ダイスケはベルの前へ手を伸ばして、それ以上の発言を制した。

「――なら、勝負するかい?」

 ダイスケは挑発的な笑みを浮かべて、二人に問う。

 これを断るような輩ではないのは、それまでの態度から明らかだ。

 そして二人は呼び水に引き寄せられるように、挑発に乗る。

「そこまで言うならやってやるよ。後で泣いても知らないからな」

「嬢ちゃんも、頼るならもっと人を見るんだな」

 自分たちの敗北など頭にないといった様子で腕太の男は鼻で笑う。

 ダイスケはそれを冷めた目で見ながら、外出を促した。

「じゃあ、とりあえず店を出ようか。ここじゃ狭いだろ?」

「いいぜ、逃げるなよ?」

「邪魔したな、店主さん」

 ダイスケに念押しをした後、男二人は店の外へ出ていく。

 その後ろ姿にベルは舌を出して嫌悪感を明らかにしていたが、すぐにダイスケに向き直った。

「それで、大丈夫なの? あいつら、絶対マトモじゃないわよ?」

 心配するベルに対し、ダイスケはその頭を軽く撫でる。

「大丈夫さ、それじゃあ行ってくる」

 それだけ言い残し、ダイスケはベルを残して店の外へ出ていった。

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