第4話 到着

「わぁ……ここがゼノバックの町なのね」

 ゼノバックのメイン大通りを眺めながら、ベルは目を輝かせる。

 何の変哲もない土を押し固めただけの通りに、白や灰色を基調とした石造りの建物、そして控えめな活気と時折聞こえる子供たちの甲高い声。

 王都に比べれば物足りなさは感じるだろうが、ある程度俗世と繋がりながらも静かに暮らしたいなら絶好の場所と言える程度の町だ。

 それでもラインヘッドの村に比べれば、建物も密集しているし、往来する人の数も多い。

 今まで村の外へ出たことがないというのであれば、ベルの反応も当然かもしれない。

 ただ、これで驚いているようでは、王都に行ったら卒倒でもしてしまうのではないだろうかと不安にもなる。

 それはそれで見てみたい気はするが、ベルとの約束はこの町までの案内だ。

 本来、自分は王都の兵から逃げている身でもあるし、いつまでも一緒に居るというわけにもいかない。

 となれば、別れは早い方がいいだろう。

「なぁ、ベル……確か約束って――どうした?」

 ダイスケは意を決してベルの方を向いたが、どうも様子がおかしい。

「ど、どうっ? どうも、してない、けど?」

 返答こそしているが、その態度は落ち着きなく、右へ左へ視線を散らしている。

 どう見ても挙動不審だ。

 声も上ずっているし、ベルが愛らしい少女ではなく、いい年をした大人だったなら、すぐに町の保安隊の御用となってもおかしくはない。

「いや、明らかにおかしいし。もしかしてトイレとか?」

 途端に、ベルの額にシワが増えた。

「違うわよ!」

 威勢の良い声が返ってくる。

 否定はされたが、とりあえず体調の不良だとか、その辺りの問題はなさそうで安心する。

「それじゃあ、何だ?」

 改めてダイスケは頬をポリポリと掻きながら、ベルに尋ねる。

 するとベルはわずかに視線を脇へそらしながら、若干赤らんだ顔で口を開いた。

「その……一応、さっきの戦闘では助けてもらったわけだし、その……お礼、とかしたいんだけど……食事とか、どう?」

 ベルのしおらしい仕草に、ダイスケの心はわずかに揺らぐ。

 だが、すぐに自らの心を律して断りの口実を探した。

「その、気持ちは嬉しいが、俺には路銀が……」

 衣服くらいしか身に着けていない、丸腰のダイスケにとって、それは便利な魔法の言葉だった。

 大抵の女性はこれで諦めてくれるということをダイスケは経験から知っていた。

 ところが、ベルからは予想外の言葉が返ってくる。

「大丈夫よ。アタシのお礼なんだから、アタシが持つわ」

 遠回しに断ったつもりだった言葉を、ベルに許容されて面食らう。

 それに、ここまでハッキリと言い切られてしまったら、どんな言い訳をしても無駄だろう。

 更に言えば、このままベルが一人になることに不安を抱いていたということもあるし、そういう意味では、ベルの回答に逆に救われたと言えるのかもしれない。

「わかった。食事は、向こうの食堂でいいか?」

 ダイスケが指を差した先には、小さな食堂があった。

 周囲の建物よりも背が低く、店先に掲げられた看板も、年季が入っているのか錆付きが目立つ。

 女性と一緒に入る店としては、少々気が引ける店構えであるといえるだろう。

 だが、今は別にデートをするわけではない。

 値段とベルの持ち合わせの額を考えれば、妥当なところと言えるのではないだろうか。

 恐らく物価もわかっていないようだし、ベルに選ばせるよりはずっといいだろう。

 ダイスケは視線をベルへと戻し、反応をうかがう。

 できることなら、却下はしないでほしい。

 心の中で祈りながらダイスケはベルの返答を待った。

「……うん、わかった。じゃあ、あそこでランチにしましょう」

 花が咲いたような、明るく鮮やかな笑顔。

 それを目の当たりにして、ダイスケの顔も緩む。

「あぁ、はしゃぎ過ぎないようにな」

「わかってるわよ」

 ベルの軽口にどことない安心感を覚えながら、ダイスケは大衆食堂『サケラ』へ向かうのだった。

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