第2話 脱出
「この先よ」
岩壁まで到達したところで少女はそう告げると、壁沿いを奥へ奥へと進んでいく。
「わかった」
ダイスケは返事をすると、岩壁に手を当てながら少女の後に着いて歩く。
間近で岩壁を見るのは初めてだったが、岩の表面はすべすべしていて、これを登るのは困難だと改めて思い知らされる。
果たしてこの先に抜け道なんてあるのだろうか。
一度は少女の言葉を信じたものの、不安が心の奥底から湧き起こってくる。
不規則に隆起している岩が死角を作ってくれているおかげで、見つかる危険は当分ないが、抜けられなかった場合は逃げ道がない。
そんな思いもあってか、ダイスケの表情も自然と強張っていく。
大小様々な岩と岩壁の間を縫うように進んでいく少女とダイスケ。
そして、ついに少女の足が止まった。
「ここから抜けられるわ」
半身を向けた少女の先に見えたのは、二つの巨大な岩壁が立ち並ぶ、その狭間だった。
上部を見る限り、そこに隙間こそあれど、その広さは20センチもなく、人が通るにはいささか無理がある。
ただ、下へと目を向けると、そこには何かで岩肌を削ったのだろう、歪に広げられて人ひとり程度ならギリギリ通り抜けられそうな空間が作られていた。
少しキツイかもしれないが、今のこの身体ならいけなくはないだろう。
「ほら、誰か来ない内に、行こうよ」
そう言って少女はダイスケを促し、荷物袋を手に取った。
誰か同行する人間がいたら、すぐにでも出発できるよう、あらかじめ荷物をこの場に置いておいたらしい。
準備がいいというか、気が早いというか……。
いや、そんな少女のおかげで退屈の繰り返しから抜け出せるのだから、ここは単純に感謝すべきだろう。
少女は荷物を壁の外へ放ると、そのまま半身にするりと隙間を抜ける。
背負った剣が引っかかるのではと心配したが、何度も練習していたのか、驚くほどスムーズに通り抜ける。
「っと、俺も行かないと」
一人になって我に返ったダイスケは、少女がやったように岩の狭間に身体を押し込めて向こう側へ抜けようと試みる。
ちょっとキツイみたいだが、通れなくはない。
身に着けているのが、普通の布の衣服でよかった。
これが分厚い鎧とかだったら、絶対に無理だ。
そんなことを考えながらも、ダイスケは一歩一歩、着実に前へと進んでいく。
数十秒後、少女ほどスムーズではなかったものの、ダイスケもなんとか壁を通り抜け、安堵の息を漏らした。
しかし、当たり前だが周囲に道らしきものはない。
あるのはどこまで続いているかわからない草原と、密度の濃い森林だけだ。
「さぁ、約束よ。早く行きましょう! 近くの町まで!」
荷物袋を担ぎ上げた少女はそう言うと、森の方へと歩き始めようとする。
その間、ダイスケは自らの記憶を呼び起こす。
最寄りの町となると、ラインヘッド村からなら一番近いのは確かゼノバックだったはずだ。
そして村の集落と岩場、そして外に広がっている森の位置から現在位置を考えると、少女は見当違いの方向へ進もうとしているということになる。
何より、森の中は方向感覚が掴みにくい。
このまま少女に先を行かせてはまずい。
「待った!」
ダイスケは反射的に手を伸ばすと、少女の手を掴み、引き留めていた。
「へっ?」
不思議そうに振り返る少女。
そのくりくりとした瞳と、あどけない表情に言葉を奪われてしまいそうになるが、無意識の誘惑を堪えて、ダイスケは口を開く。
「そっちは町の方向じゃない。俺が案内するから、ついてきてくれ」
ダイスケが呼び止めると思っていなかったのか、少女は目をパチクリさせる。
しかしすぐにうなずいて朗らかに笑ってみせた。
「そうだったね、それじゃあ、案内よろしくっ!」
太陽のように明るい少女の声に、ダイスケも思わず微笑み、うなずく。
「あぁ、約束だものな」
そして動き始める二つの影。
さすがに手を繋いだままということはなかったが、少女はダイスケの隣を、まるで祭りに出かけるかのような、軽やかな足取りで歩んでいた。
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