永遠の英雄と最期の場所
一飛 由
第1話 出会い
頬に受ける風の感覚と、まぶたの上からでもわかる温かな日差し。
目を覚ませという外部からの催促に、ダイスケはゆっくりと目を開いた。
前方は丈の短い草原が続くゆるやかな下り傾斜になっており、この場所が小高い丘になっているのがわかる。
その向こう――丘のふもとに見える集落には、白い外壁と朱色の屋根が特徴的な建物とそこで生活する人々の姿が小さくではあるが確認できた。
右手には岩場が続いていて、その端には遠目にもわかる青白く巨大な岩が、天然の防護壁として連なっている。
他方、左手から背後にかけては深緑を着飾った血色の悪い木々の集団。
彼らが放つ不気味な雰囲気は、人間によるそれ以上の進出を阻んでいるといってもいいだろう。
それは今まで何度も目にしてきた、ラインヘッド村の風景に違いなかった。
しかし、それらを目にしたダイスケの表情は硬い。
「また、か……」
懐かしさを噛みしめるどころか、溜息混じりにそうつぶやくと、ダイスケは目線を下げて自身の右手を見つめた。
手を握り、そして開き、再び握る――それを3回繰り返す。
自分の身体反応を確認するように行われるこの動作は、ダイスケにとって心を落ち着けるための、始まりの儀式のようなものだった。
「いつになったら、終わるんだろうな……」
自嘲気味に放たれた言葉からは、疲労と憂鬱の気が色濃くにじみ出ていた。
それも当然のことで、ダイスケ自身がこの世界において何度も繰り返してきたからことであるからに他ならない。
ゲームでいうリスポーンの感覚が一番近いかもしれない。
最初に訪れた時は、わけもわからず、ただガムシャラに生き抜いて、敵対していた魔王と戦った。
二度目の人生は、異界から来た英雄として人々に称えられた。
それ以降は、この地に降臨する度に平和と権威の象徴として、王都での暮らしが続いた。
繰り返される同じ生活と、終わらない人生。
その両方にダイスケは嫌気がさしていた。
そしていつしか、ダイスケは命の灯が消える時、毎度秘かにその終焉を祈るようになっていた。
しかしながら、その願いは叶えられることはなく、こうしてまた始まりの地に舞い降りたのである。
「このままじゃ、また王都に逆戻りだよな」
ダイスケは眉間にわずかにしわを寄せながら、集落の方角を注視する。
今までの展開と同じ流れを汲むとすれば、これから王都から迎えの兵たちがやってくるのは間違いない。
このままここに居たら、すぐに見つかってしまうだろう。
となれば、動くなら今、この瞬間しかない。
かといって、このまま集落の方へと向かっては兵と鉢合わせする危険もある。
岩場を乗り越えて進むのは無謀だし、森を抜けるには丸腰というのは心もとない。
「いや、そうも言ってられないか……」
幸い、この身体は初めてこの地にやってきた時の姿と変わらない。
十代後半の身体能力と長年培った技術があれば、武器がなくても森くらいは抜けることもできるだろう。
そんなことをダイスケが思っていた時のことだった。
「ねぇ、そこの人」
不意に聞こえてきた声に驚き、ダイスケは慌てて周囲を見回す。
だが、それらしき人の姿は見られない。
ならば、どこかに隠れているのだろうか。
近くの茂みか、それとも岩陰か、それとも木々の裏側か。
声の幼さから、若い女性であろうということはわかったが、正体がわからないことには油断ならない。
告げ口でもされようものなら、逃亡なんて泡沫の夢に終わってしまうのだ。
「……だ、誰だ?」
姿の見えぬ相手にダイスケは問いかける。
確率は低いだろうが、不意打ちをもらわないよう、警戒は怠らない。
すると、そんなダイスケの行動をからかうかのように、最寄りの岩陰からひょっこりと少女が顔をのぞかせた。
「アタシだよ」
茶色のショートヘアを揺らしながら姿を現したのは、年端もいかない少女だった。
発育が著しいというわけでもなく、どんなに上に見積もっても、せいぜい十二歳くらいだろう。
「……へっ?」
予想外の人物の登場に、ダイスケは思わず間の抜けた声を上げた、。
それは、決して声を掛けてきたのが少女だったからというわけではなく、その少女の格好のせいだった。
革の鎧は明らかに大きく、サイズが合ってないし、その下から見える衣服は、普段着そのものだ。
履いている靴も防具ではなく普段使いの品で、スネを保護できていない。
おまけに背中には恐らく片手剣と思われる剣を背負っていて、ちぐはぐな印象を受ける。
子供の冒険と呼ぶには厳重で、旅立ちと呼ぶにはいささか物足りない、そのアンバランスさに、ダイスケは無意識に顔をしかめる。
しかし、当の少女はそんなダイスケの胸中など気に留める様子もなく、それどころか往年の知り合いを遊びに誘うような軽い口調で話しかけてくる。
「ねぇ、あなたって、村の人じゃないよね。旅の人?」
「ま、まぁ……そんなとこ、かな」
少女のインパクトに圧倒されてか、ダイスケは肯定の返事をする。
すると、その答えを待っていたとばかりに少女の顔は輝き、ダイスケへと更に詰め寄ってきた。
エネルギーの塊のような少女の勢いに、ダイスケはたじろぎ、防戦を余儀なくされる。
「それならよかった。あなたにお願いがあるの!」
「お、お願い?」
「そう、お願い。アタシを近くの町まで連れて行って欲しいの」
「近くの町までって、家の人は――」
ダイスケがそこまで口にした時だった。
「――っ!」
視界の端に入った、旗を掲げた集団をダイスケは見逃さなかった。
明るい灰色に、緑色で描かれた盾の紋章。
それは王都ゼノウォールの象徴であり、それを掲げているのは灰色を基調とした鎧を身に着けた兵たちだ。
英雄の逝去を受けて、この地に派遣されてきたのだろう。
前世で何度も目にしてきたのだから、間違えるはずもない。
動きを見てみると、兵たちは集落を目指して歩いているらしく、まだダイスケたちの存在は視認してはいないようだった。
その様子にダイスケの心は幾らかの落ち着きを得る。
「んっ? どうかしたの?」
少女も集落の方を向くが、何が起こっているのかはわからなかったらしく、すぐにダイスケに向き直る。
「いや、なんでもない、なんでもないから!」
慌てて否定するダイスケだが、時間がないことに内心焦りを感じていた。
ダイスケが集落の方へ行きたくないということを察したらしく、少女は腰に手を当て、起伏の見えない胸を反らして自信ありげに口を開いた。
「理由はわかんないけど、アタシを連れて行ってくれるなら、抜け道を教えてあげるわ」
「抜け道?」
ダイスケは自身の記憶をたぐってみるが、そんなものがあったなんて見たことも聞いたこともない。
もしかしたら、何かの罠という可能性もある。
しかし時間に迫られた現状では、背に腹は代えられない。
ダイスケは意を決して少女の提案を受けることにした。
「……わかった。抜け道まで案内を頼む」
「交渉成立ね。こっちよ、ついてきて!」
そう言うと少女はくるりと身をひるがえして岩場の方へと駆けていく。
「おいっ、ちょっと――」
ダイスケも慌ててその後を追う。
身体を屈めながら、立ち並ぶ小岩の陰に隠れるように駆けるダイスケだったが、その胸の内は、自身の脈動よりも大きく弾んでいた。
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