第二章 減速する現在

2‐1

 夕暮れ時の京都。カメラマンの沢口賢は八坂の塔を背景にして佇む金子拓哉と香道なぎさに向けてシャッターを切った。


『二人もっと寄り添ってー、そうそう、いい感じ。いくよー』


 古都に響くシャッター音。沢口の隣ではこの取材旅行の責任者である二葉書房編集者の戸田美奈子がメモ帳にペンを走らせていた。


 今日の午前11時に京都入りした取材班一行はまず鴨川で撮影を開始。鴨川沿いにあるカフェでランチの撮影や鴨川を歩くなぎさと金子の撮影を終えて、宿泊先の河原町のホテルにチェックイン。

ホテルでしばしの休息をとり再び京都市内へ。


秋の色に染め上げられた紅葉の京都はどこを切り取っても絵になる。二年坂、三年坂を巡り、本日の取材行程も終盤だ。

美奈子が腕時計を見る。


「みんなお疲れ様。あとはホテルでの撮影になるから戻りましょう」


 美奈子の合図にモデルを務めたなぎさはホッと肩の力を抜いた。金子がなぎさを気遣う。


『香道さん大丈夫? 疲れたよね』

「少し疲れましたけど、大丈夫です。京都に来るのは久しぶりなので楽しくて」


金子に見せた笑顔は作り笑いではない。


 彼女役のモデルを頼まれた今回の取材旅行、前日に早河とギクシャクしたままの別離をしたことで昨夜は眠る前にも涙が溢れた。


泣き腫らした目元をメイクで誤魔化して、金子達と合流し、京都に向かった。

金子達には何があったのか悟られてはいけない。プライベートで何があっても仕事には関係ない。


 上手く笑えるか不安だった。しかしいざ京都に到着するとそんな不安は杞憂だった。数年振りに訪れた秋の京都はとても美しく、色づく紅葉に魅了され、癒された。

告白の一件で金子とは気まずかったが、彼は普段と変わらず接してくれて有り難かった。金子なりになぎさを気遣ってのことだろう。


 レンタカーの駐めてある駐車場まで取材班は連なって歩く。なぎさと金子の数メートル後ろを歩くのは沢口賢と戸田美奈子だ。


「どう? いいもの撮れた?」

『いいものどころじゃないっすよ。上出来過ぎて怖いくらい』


歩きながら器用にカメラを覗き込んで撮った写真を確認する沢口は歯を見せて笑った。


『なぎさちゃんってまじにいい被写体なんですよ。綺麗なだけじゃなくて写真に現れるオーラが絶品。こう言っちゃなんだけど岩下いわしたさんから被写体変更してよかったかも。ただ顔が綺麗なだけのモデルならそこらじゅうにいても、写真に現れるオーラが綺麗な子ってなかなかいないんですよ。真剣に俺の専属モデルお願いしようかな……』


 岩下はもともとモデルを務める予定だった女性社員だ。沢口の熱弁に美奈子は苦笑した。


「オーラねぇ。なぎさちゃんがいいのはわかるけど、沢口くんの専属モデルには反対よ。あんたがなぎさちゃんにどんなスケベなことするかわからないからね」

『戸田さん酷いなぁ。スケベは俺じゃなくて金子くんでしょ。ほら見てくださいよ。金子くん、こんなリアリティーある表情しちゃって。なぎさちゃんへの気持ちが顔に出てる』


沢口が写真データを美奈子に見せる。彼女もデータを見て首肯した。


「確かに金子くん、いい表情してる。今までのデート特集よりもずっと自然で優しい顔」

『ね。そんな話は聞いてないけど実はあの二人って付き合ってるんですかね?』

「どうかしらね。金子くんの気持ちは明らかよね。まだ付き合っていないなら、さっさとくっついちゃえばいいのにねぇ」


前を行くなぎさと金子の後ろ姿に向けて彼女は呟いた。

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