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11月8日(Sun)


 始発時刻を過ぎた朝の地下鉄の構内は出入口に繋がる一部が立ち入り禁止のテープで封鎖されていた。地上の出口には警官が配置され、好奇心に駆られた通行人が遠目から駅の様子を窺っている。


日曜日なのが幸いして通勤通学ラッシュの人混みはないが、それでも大都会の朝の駅に人の出入りは多い。


 警視庁捜査一課警部の堀井章介は立ち入り禁止の黄色いテープの向こう側から携帯電話を向ける男性二人を睨み付けた。男二人はまだ若く、大学生にも見える。

背後でカメラのシャッター音が聞こえた。


『あいつら、ここが死体発見現場だってわかった上で携帯でパシャパシャやってるのか?』


堀井は死体まで歩を進める道すがら、部下の安藤刑事に尋ねた。


『面白半分でしょうね。今は珍しいものや面白いものをネットに投稿した者勝ちなところがありますから。誰もが事件記者を気取ってスクープを撮りたがる』

『まるで晒し首だな。……こいつか』


検視を終えたばかりの死体を堀井は見下ろし、まずは黙祷した。


『ここのところ、コロシが続くから俺らも商売繁盛だ。額を一発か。もしかしてこれ、上野のとこと同じヤマか? ……ん?』


 堀井は寝癖のついた頭を掻いて顔を上げた。立ち入り禁止のテープを警官に上げてもらい、テープの下を潜ったスーツの男が現場に入ってきた。


『あんた確か、上野のヤマを仕切ってる……』

『警察庁の阿部です』


長身の体躯を窮屈そうに折り曲げて阿部は堀井に一礼した。


『警察庁のあんたがお出ましってことはこのコロシもそっちのヤマと関連があるってことだな?』

『はい。先ほど、被害者の男の指紋が前科者リストにヒットしました。坂本と言う名前のこの男は6年前に傷害で逮捕されています』

『ははぁ。じゃ、こいつを逮捕したのも早河か』


 早河仁が刑事だった2年前にも堀井は早河と同じ捜査一課にいた。早河の直属の上司ではないが、知らない仲ではない。


『早河が逮捕した前科者が殺られるのはこれで三人目になる。これは一度、早河に事情を聞いた方が良さそうだ』

『堀井警部は早河元刑事とはどれくらい親しくされていましたか?』


 阿部は噂では横柄で独善的な警察庁のエリートだと聞いていた。だが今ここにいる阿部は噂で聞くほど横柄な印象ではない。

むしろ堀井に対しては低姿勢だ。それは堀井が前科者を狙った連続殺人事件の捜査本部のメンバーではないからなのかもしれない。


『俺は早河の上司じゃなかったからな、そんなに絡みはなかった。早河のことを一番わかっているのは上司だった上野だろうよ。でも……そうだな、早河はなかなか奴だ。刑事を辞めたのが惜しいと俺は思っている』

『切れ者……ですか』


 阿部は軽く頷いた後に視線を地下通路のタイル張りの床に向けた。タイルとタイルの溝の間に踏み潰された煙草の吸殻が落ちている。

しばらくそれを眺めていた彼はやがて視線を外して吸殻に背を向けた。


 時は決して巻き戻りはしない。過去は逆流しない。

しかし確実にゆっくりと、砂時計の砂は逆流を始めた。

逆流した過去は次第に減速して現在に繋がる。


動き出した時は、もう誰にも止められない。



第一章 END

→第二章 減速する現在 に続く

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