1-9

 月に雲がかかり暗黒の世界が訪れる。コンクリートに包まれた殺風景なビルの谷間に息を切らせた男が迷い込んだ。


『なんだよアイツら……。どうして俺が追われなくちゃならねぇんだ?』


 終電を迎えた地下鉄の駅に繋がる階段を降りた男は地下通路にしゃがみこんだ。被っていたニット帽を外してクシャクシャになった髪を撫で付ける。額は汗で濡れていた。


奴らが追ってくる気配はない。どうやら上手く巻けたようだ。もう大丈夫だ。大丈夫……


『残念だったな。この辺り一帯は俺のシマだ。お前がどこに逃げようと袋のネズミなんだよ』


 足音と共に恐怖を煽る“あいつ”の声が聞こえて男は身震いする。黒いロングコートを羽織る長身の男が三人の大柄な男を引き連れてこちらに歩いてきた。


 長身の男……ケルベロスは煙草を咥えたまま獲物を捉えて口元を上げる。男はケルベロスから醸し出される圧倒的な威圧感に震え上がった。


『なんだよっ! どうして俺があんた達に狙われるんだ? 俺はヤクザに喧嘩を売った覚えはねぇぞ!』

『ほぉ。ヤクザねぇ。俺ってヤクザ者に見える?』

『ヤ、ヤクザじゃなかったら何なんだよっ?』


男の怯えた様子が面白くてケルベロスは肩を震わせて笑った。


『まぁお前から見れば俺はヤクザ者か』


 怯えた獲物をじわじわと追い詰める狩猟者は愉しげに笑いながらサイレンサーをつけた拳銃の銃口を男に向けた。

終電を終えた人気ひとけのない地下鉄の駅に入ってしまったことが運の尽きだと男が気付いた時には何もかも手遅れだった。


『助けくれよぉ……頼むから……。俺はあんた達に何もしてないだろぉ……』


しゃくりあげて懇願する男にケルベロスは無慈悲な一瞥をくれる。


『お前らは祭りを盛り上げるための前座だ。恨むならお前を務所にぶちこんだ早河を恨め』

『は、早河って……』


 ケルベロスの指がトリガーを引き、乾いた音を立てて落下する薬莢やっきょう。額に穴を空けて絶命した男の亡骸が通路に転がった。

ケルベロスは煙草を地面に捨てて踏み潰し、後ろに従えた三人の男を引き連れて地上に消えた。

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