1-3

 先週と今週に立て続けに殺害された被害者の大山と藤井はいずれも傷害と窃盗の前科を持ち、刑期を終えて出所したばかりだった。

殺された二人に接点はなく服役していた刑務所も違うが、二人とも出所後は保護司の紹介した職場での就職が決まっていた。


 一見接点のない大山と藤井には二点だけ共通点が見つかった。ひとつはどちらも拳銃で心臓や頭を撃たれ、二人の体内に残されていた弾は9ミリパラベラム弾だった。

もうひとつの共通点は大山と藤井を逮捕した警察官が同じだったこと。二人とも4年前と3年前に同じ刑事に逮捕されている。


 その刑事の名前は……早河仁。


        *


 前科者を狙った連続殺人の疑いも視野に入れて午後6時に警視庁で捜査会議が開かれた。

会議室にズラリと並ぶ長机の席に小山真紀と原昌也は隣同士で腰掛けた。


「早河さんが逮捕した前科者が立て続けに殺されるって偶然でしょうか?」

『偶然にしては出来すぎだよな。弾の種類も一致してる。大山と藤井を殺したホシは同一人物だ』


 原は頬杖をついて退屈そうに捜査資料の束を眺めている。

会議が始まり、早河元刑事が過去に逮捕した被疑者で現在服役を終えている前科者をリストアップするべきだとの意見が出た。議題の焦点がそこに向けられた時、会議室に男が入ってきた。


「あっ……」


真紀が小さく呟いた。隣の原は眉を寄せて前を見ている。


 会議室前方の扉から堂々と入ってきたのは藤井剛の死体発見現場で見かけた原と同期の警察庁所属の阿部。

彼は捜査本部の責任者が並ぶ長机の横に立った。会議室にいる刑事達の視線が一斉に阿部に向く。


『警察庁の阿部と申します。この事件は今後、警察庁の指揮下で捜査を行っていただきます』


 会議室内がどよめいた。困惑する真紀は前列斜めにいる上野恭一郎の表情を盗み見る。彼は口を固く結んで阿部を見据えていた。


『おいっ! どうして警察庁が出て来るんだ? これは警視庁のヤマだぞ。警察庁の出る幕じゃねぇ!』


立ち上がり怒声をあげる年配刑事を阿部は鋭い眼光でねめつけた。


『この事件は国家公安委員会から正式に警察庁の案件として処理するよう通達が出ている。くだらない縄張り意識は捨ててもらいますか?』


 阿部は長机に腰掛けて長い脚を組んだ。その横柄な態度がこの場にいる刑事の反感を買うことも彼は計算済みなのではないかと真紀は感じた。


『チッ。国家公安委員会まで出てきたか。このヤマ、ただの前科者を狙った連続殺人ってわけでもなさそうだな』


原の舌打ちが隣から聞こえた。阿部の登場によって原の虫の居所が悪くなったことは彼の表情を見れば一目瞭然だった。


『俺はこの事件の全指揮権を委任されている。今後の捜査はすべて俺の指示に従ってもらう』


 警察庁のエリートのイメージには不似合いな粗野な口調で言い放った阿部は長机の左端の席に座った。不穏な空気に包まれた捜査会議は午後6時45分に終了した。


『小山くん。君は残ってくれ』


 会議室を出ようとした真紀を阿部が呼び止める。他の刑事達が続々と会議室を去る中、真紀だけがそこに残された。


「どうして私の名前を?」


数十人いる捜査本部の捜査員ひとりひとりの名前を指揮官が知るはずはなく、ましてやここではアウェーな立場の警察庁の阿部が真紀の名前を知る機会はない。


『ここに来る前に捜査本部の大方の捜査員の顔と名前はリストを見て把握した。それに女性警察官は少数だからな。覚えやすい』

「はぁ……」


 阿部は会議室の禁煙のルールを破って煙草に火をつけた。警察庁の人間には警視庁のルールは知ったことかと言う態度だ。


(捜査員のリストってそんなものいつの間に……。しかもこの人はほぼ全員の顔と名前を把握してるの? 私だって知らない刑事が数人いるのに……)


阿部の煙草の煙が室内に漂う。


『君は早河元刑事とは同じ班だったんだろ?』

「え……はい。私が警視庁配属になった時から同じ班でした」

『早河って奴はどんな人間だ?』

「どんなって……」


 今回の被害者二人は早河が過去に逮捕した人間だ。早河のことが話題にあがるのは必然とも言えるが、まさか阿部の口から彼の名が出るとは思わなかった。


『早河はあの貴嶋佑聖の学友、そして貴嶋と対峙した唯一の刑事だった。君から見て、早河は刑事として優秀だったか?』

「はい。優秀な刑事だったと思います。早河さんに教えられたことが多くありますし、尊敬しています」

『尊敬、ね……』


彼は目を細めて煙たそうに紫煙を追った。何を考えているのか早河以上に読めない男だ。


『では探偵としての早河はどうだ? 優秀か?』

「早河さんが探偵をしていることもご存知なんですね」

『調べればわかることだ。君が早河の右腕と言われる矢野一輝と交際していることもな』


 目を見開き言葉を失う真紀を見て阿部はニヒルな笑みを向ける。


『君のプライベートをとがめたりはしない。そんなもの俺にはどうでもいい。俺が知りたいのは早河という男の能力だ』


阿部の鋭い眼光が真紀を捕らえた。真紀は彼から何か得体の知れない威圧感を感じて身震いした。


(私と一輝のことも知ってるなんて……)


この男は何をどこまで知っているのか、どうして早河の能力を知りたがるのか、阿部の真意は不明だ。


「こう言っては失礼かもしれませんが、早河さんに直接お会いになってはいかがですか?」

『……直接か。確かにそうだな。時間を取らせてすまなかった。捜査に戻ってくれ』


 ブラインドが上げられた暗い窓ガラスに阿部と真紀の姿が映る。彼女は阿部に一礼して部屋を出かけたが、足を止めて振り返った。


「あの……阿部警視は原さんと警察学校の同期なんですよね?」

『……ああ』

「早河さんのことなら、どうして私じゃなくて原さんに聞かないんでしょうか? 早河さんと仕事をした年数は私よりも原さんの方が長いですよ」


煙草を咥える阿部は真紀を一瞥する。


『原が早河の同僚だったことは知っている。ただ原とは昔から馬が合わない。それはあいつも同じだろう。それだけだ』


 彼の口からそれ以上の何かが語られることはなかった。真紀は背中を向ける阿部に再度一礼して、会議室を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る