episode4.乱反射
4-1
…31歳。探偵、元警視庁捜査一課 刑事
…25歳。早河の助手、フリーのライター
…17歳。聖蘭学園3年生
第二幕【金平糖】登場人物
…20歳。明鏡大学2年生
序章【白昼夢】・第五幕【揚羽蝶】・短編【人魚姫】登場人物
…21歳。明鏡大学4年生、美月の先輩
第五幕【揚羽蝶】・短編【人魚姫】登場人物
…25歳。美月の恋人
序章【白昼夢】・第五幕【揚羽蝶】・短編【人魚姫】登場人物
…28歳。犯罪組織カオスのスパイダー
短編【金魚鉢】登場人物
…24歳。犯罪組織カオスのクイーン
…30歳。犯罪組織カオスのキング
――バラバラに飛び散っていた光の帯はやがてひとつの形に収束する
*
2009年8月18日(Tue)
早河仁が夏が嫌いな理由は三つある。
ひとつは肌にまとわりつく鬱陶しい暑さ。これを好きな人間は日本でもごくごく少数派だろう。
あとの二つは彼の過去に起因する。
彼の父親の命日が8月11日、先輩刑事の香道秋彦の命日が8月13日。夏が来ると憂鬱になるのはいずれも夏の盛りの時期に大切な人を亡くしているからだ。
夏にいい思い出はない。
8月中旬になっても少しも秋めいた空気にはならず、毎晩のように寝苦しい熱帯夜が続く。
早河は汗だくになって探偵事務所の螺旋階段を上り、鍵を開けた。今日は助手の香道なぎさはライターの仕事があるため事務所に出社しない日だ。なぎさのいない事務所の室内は外と気温が変わらないくらいに暑かった。
冷房のスイッチを入れ、冷蔵庫から麦茶を取り出して一気に飲む。冷えた麦茶がすっと体内に入り込む感覚があった。
そのまま今度は熱いコーヒーを淹れた。こたつに入ってアイスを食べるのが至高とはよく聞くが、冷房で冷えた部屋で熱いコーヒーを飲むのもまた至高だ。
外は35℃近い殺人的な暑さなのに冷房を強くした部屋では熱くて濃いコーヒーが飲みたくなる。もちろん、ミルクや砂糖はなしのブラック。
早河にとってはブラックコーヒーと煙草が何よりの嗜好品だ。
早河が事務所に帰ってから1時間が経過した頃、事務所の呼び鈴が鳴った。やれやれと立ち上がって扉を開けた早河の目に飛び込んで来たのは、目の覚める鮮やかな色彩の花柄の服と麦わら帽子。その麦わら帽子の頭部が彼の身体に接触した。
「早河さーんっ」
扉を開けたと同時に抱き付いてきた高山有紗は甘えるように早河の胸元に頬を擦り寄せている。
『いらっしゃいませ。有紗お嬢様』
有紗が抱き付いてきた反動で早河は後ろによろけた。顔を上げた有紗がニコッと微笑んでいる。
早河が密かに野良猫と名付けているこの少女、高山有紗とは昨年の12月に知り合った。決して援助交際など
家出した有紗の捜索を彼女の父親から依頼されたのだが、有紗の家出騒動から事態は有紗の母親の失踪調査、その頃に世間を騒がせていた
事件解決後に有紗は半年間、フランス留学していてこの夏に帰国した。
フランスから帰国後も有紗はたびたび事務所に遊びにやって来る。事務所に来て何をするでもなく、早河やなぎさと談笑したり学校の課題を片付けたりして帰っていく。
傍目には仕事の邪魔をする迷惑な客に見えるが実はそうではない。有紗は遊びに来る日程を事前に早河やなぎさにメールで確認している。
一時期、早河となぎさの仕事を間近に見ていた有紗は二人の仕事内容がどんなものか理解していた。事務所を訪ねても迷惑にならない日を選ぶのは高校生の有紗なりの配慮と気遣いだと早河もなぎさもわかっていた。
いつものように冷蔵庫から勝手に麦茶を出し、なぎさが有紗用に買ってきてあるお菓子を摘まみながら寛ぎ始める彼女をいつものようにほったらかしにしている早河は、煙草とコーヒーの黄金コンビ片手に読みかけの新聞をめくる。
サンダルの靴音がすぐ側で止まった。
「早河さん、暇?」
『暇に見えるか?』
有紗を一瞥してから煙草の灰を灰皿に落としてまた咥えた。中腰になる有紗がデスクに両手をついて早河の横顔をじっと見ている。
「煙草吸って、コーヒー飲んでぼぉーっと新聞見て、うん、超ヒマそう」
言葉遣いや言い回しが如何にも女子高生な有紗の声も今では聞きなれた。
『新聞を読むのは大人の常識、煙草とコーヒーは俺のエネルギー源』
「つまりは暇ってことでしょ。ねぇ、お祭り行こうよぉ」
『祭り?』
「この近くの神社でお祭りやってるの! 屋台も出てたし、今日は花火の日だよ。ねぇねぇ、行こうよぉー。一緒に花火見ようよぉ」
有紗がデスクを回って早河の横に並ぶ。ピンクとゴールドのマニキュアが塗られた有紗の手が早河のシャツを引っ張った。
『祭りねぇ……』
有紗の誘いに気が乗らない彼は煙草の吸い殻を灰皿に捨て、冷めてきたコーヒーを飲み干した。有紗は顔の前で両手を合わせる。
「高山有紗、一生のお願いっ! 一緒にお祭り行って欲しいなぁ」
正直に言えば大嫌いな夏に苦手な早起きをして午前中から仕事に出掛け、夏の暑さにいたぶられて帰宅した早河は動くことすら億劫だった。
しかし両手を顔の前で合わせてキラキラした瞳をこちらに向ける有紗を無視もできない。
『……はぁ。わかった。一緒に行ってやる』
「やったぁ! 早河さんと夏祭りデートだぁ」
『デートじゃなくて俺は祭りの付き添いの保護者だ』
有紗の頭を小突くも、彼女は嬉しそうだった。今日はなぎさもいない、夜に予定している仕事もなく、有紗が言うところの“超ヒマそう”状態だ。退屈しのぎに夏祭りに出掛けるのも悪くはない。
ただ、祭りに一緒に行く相手が女子高生と言うのが……早河には少々厄介なだけだ。
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