episode2.人魚姫
2‐1
…20歳。誕生日は7月30日
明鏡大学総合文化学部2年生
ミステリー研究会 会員
…21歳。明鏡大学経済学部4年
ミステリー研究会 会長
…19歳。明鏡大学文学部2年
美月の親友
…25歳。会社員、美月の恋人
…25歳。大学院生、隼人の幼なじみ
――ゆらゆらと揺らめく青い世界で たった一夜の泡沫の夢を見よう
*
2009年7月8日(Wed)午後4時
『次の会報誌のテーマは童話。童話を題材にしたミステリーを書いてもらおうと思います。ミステリー観点からの考察でも良し、小説でも良し』
松田がホワイトボードに大きく童話と書いた。3年生の橋本が挙手をした。
『童話って例えば白雪姫とかですか?』
『そうそう。白雪姫なら毒リンゴだから毒殺だね。あの毒リンゴには何の毒が塗られていたのか……』
『王子は死体愛好家だったとも言われていますよね。普通は死人にキスなんてできませんよ』
『面白いよね。ああ、人魚姫もいいな。人魚姫が王子を奪った人間の女をこう、グサッとさ』
松田がペンをナイフに見立てて橋本の腹部を刺すジェスチャーをすると室内に笑いが巻き起こる。
「会長、趣味悪いですよー」
メモをとる副会長の女生徒は顔をしかめているが、松田は至って涼しい顔だ。
『このサークルに趣味のいい人間がいると思う? だいたい、白雪姫も人魚姫も誰かを殺そうと企てる時点でミステリーなんだよ。あの手の童話は立派なミステリーだ』
松田の言葉に何人かの学生が頷いていた。ここに集うのは仮にもミステリー研究会の会員。古今東西、あらゆるミステリーやサスペンスものの推理小説を読み耽る人間達の集まりなのだ。
(ミステリー研究会の会長になる人ってこんな人ばかりなのかなぁ。松田先輩って初めて会った時の隼人と少し似てるかも)
一番後ろの席に座る浅丘美月は時折、苦笑しながら松田と会員達のやりとりを眺めていた。
先月1ヶ月、大学を休学していた美月は今月になって復学した。定例になっているミステリー研究会の会合に参加するのも1ヶ月ぶりだ。
『えー、それと夏休み恒例のミステリーイベントは事前アンケートの結果、今年は夜の水族館に宿泊するプランで進行します。夜の水族館で何が起きるのかは……皆さんお楽しみに』
松田の解散の合図で会合が終了した。続々と会議室を去る会員達を見送って、松田が美月の席まで歩いてくる。
『浅丘さん、久しぶり』
「お久しぶりです」
『もう大丈夫? まだ色々と言われたりしてない?』
5月に大学構内で発生した准教授殺人事件。事件に関連して美月を中傷するメールが出回り、美月は誹謗中傷に晒された。
騒動は収束しつつあるものの、余波はまだ残っている。復学した今でも陰口を言われることはあった。
「大丈夫です。わかってくれる人だけがわかってくれるなら、それでいいんです。先輩には休学中もメールや電話で励ましてもらって……嬉しかったです」
美月の微笑みに松田は照れ臭そうに顔をそらした。二人を見ていた後輩の橋本がにやついた顔で講義室を出る姿が見える。
『浅丘さんは大事な後輩だからね。心配するよ。でも復学できて本当に良かった』
彼はしばらく自分の足元を見ていた。黙り込む松田を怪訝に思い、美月は先輩?と声をかける。
『この後、時間ある?』
「この後ですか? ありますけど……」
『久々に会えたことだし、どこかでゆっくり話さない?』
顔を上げた松田の視線がいつもと違うように見えた。なにかを決意したような、そんな眼差しだ。
「どこかって……?」
『心配しなくても変な場所には連れて行かないよ。近くのカフェでお茶でも飲みながら話そう』
明るく笑う松田の口調にはいやらしさが微塵もない。松田と隼人は確かに似ていても、プレイボーイではないところは隼人とは違う。
美月は彼の申し出を承諾した。
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