1-10

 ――あの夏から8年の歳月が流れた。


2009年7月7日(Tue)


 僕はパソコンの画面から顔を上げて棚の上にある金魚鉢を見た。ころんとしたまあるい形の金魚鉢に金魚はいない。

水を入れた丸い海の中でゆらゆらと水草だけが揺れている。


 扉をノックする音で立ち上がった。開けた扉から僕の部屋に入ってきたのはKeyだ。


『仕事は進んでいるかい?』

『まぁまぁです。今回はレベルが高いですね』

『腕が鳴るだろう?』


口元を斜めにしたKeyが空っぽの金魚鉢を覗き込んだ。


『今年も金魚は入れないのか?』

『ええ』

『アンナのため、か……』


 かつて僕の前にKeyキーと名乗り現れた男が呟いた。今は彼をKeyとは呼ばない。

Keyこそ、犯罪組織カオスのキング、貴嶋佑聖なのだから。


 今年もまた、杏奈とアンナのいない夏が巡ってきた。

今日は七夕、天気は雨。梅雨明け前の最後の大雨のようだ。七夕に降る雨は催涙雨さいるいうと呼ばれている。


『じゃあよろしく頼むよ。スパイダー』

『はい』


 キングがを呼んだ。そう、これが僕の名前。


        *


 山内慎也、彼のもうひとつの名前は犯罪組織カオスの〈スパイダー〉



※桜井物産裏金データ流出事件(2001年)

https://kakuyomu.jp/works/1177354054888662362/episodes/1177354054890006399



episode1.金魚鉢 END

→episode2.人魚姫 に続く

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